【内田雅也の追球】待つ時間は「よろこびの泉」――開幕再延期で阪神が演じた戦いぶり

[ 2020年3月25日 07:30 ]

練習試合   阪神9―5DeNA ( 2020年3月24日    横浜 )

<練習試合 D・神>ナイター照明の下、勝利のハイタッチをかわす阪神ナイン(撮影・大森 寛明)
Photo By スポニチ

 夜の首相―IOC会長電話会談で史上初の五輪延期が決まった。つまり、中止はなく、来年、五輪東京大会は開かれるわけだ。

 朝、ツイッターでフォローしている脳科学者・作家の茂木健一郎が延期が不可避となった東京五輪について<前向きな考えに切り替えることが大切>とつぶやいていた。

 <脳にとっては、イベント自体の経験と同じくらい、あるいはそれ以上に、楽しみに待っている時間がよろこびの泉になる。オリンピックをあれこれと想像して待つ時間が(一年くらい)増えると考えればポジティヴになれる>。

 これはプロ野球にも言えることだ。23日に再延期が決まり、最短4月24日の開幕を目指す。阪神監督・矢野燿大は横浜での試合前、再延期について共同記者会見で「本当にそこでできるのかなというのもあるので複雑ですね」と語った。中ぶらりんで、不安な心境に変わりはない。

 ただし、物事を前向きにとらえるのは矢野が得意とするところだ。開幕までを「逆にいい時間にできれば、本当にプラスになることに変えられる」と前を向いた。

 「待たされる」時間を「待つ」時間にかえる。茂木のツイートにある<よろこびの泉>にかえられるかどうかである。

 今年2月の沖縄キャンプ中、当欄で「待つ」というテーマで何度か書いた。キャンプイン前の1月31日(2月1日付)には「楽しみでしかない」という矢野の心境を想像した。<必ず選手は成長し、新戦力として目の前にやって来る。期待以上の信頼か。だから待つことが楽しいのだ>と書いた。

 今は時計を巻き戻したい。開幕まで1カ月以上と言えば、本来、沖縄キャンプ中である。何でも試せる時期である。

 だからだろうか。この日のDeNA戦(横浜)はいろいろやった。

 7回表2死一、三塁ではトリックプレーによる本盗で同点をもぎ取った。一塁走者・高山俊がおとりとなり、三塁走者・陽川尚将が転げるように本塁に生還したのである。確かに、相手投手が一塁走者と正面で向き合う左腕で打者2ストライクと仕掛けたい場面だった。ここですぐにサインを出したベンチの前向き姿勢を思った。

 他にも二盗失敗、無死二塁・送りバント場面での二塁走者憤死、ヒットエンドラン……と成功も失敗も含め、動き回った。

 記者席のモニター画面で映し出されていたTBSチャンネルで、解説の佐々木主浩が「今年の阪神はいろいろ仕掛けてきますね」と話していた。DeNAに警戒心を与えた効果もあったろう。

 午後4時開始の珍しい薄暮試合だった。横浜市の日没は午後5時56分で、6回裏が始まるころだった。阪神はこの時点で4―5と1点ビハインドだった。

 陽が沈んだ直後、マジックアワーに、逆転で勝った。オレンジからパープルに変わる美しい空が印象に残る。今は再び「待つ」時間なのだ。来たるべき公式戦開幕に向け、<よろこび>が泉のようにあふれ出る時間の始まりである。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

2020年3月25日のニュース