【内田雅也の追球】盗塁へ、感動と勇気の歓声――走る阪神・近本の背中を押す力

[ 2020年2月20日 08:00 ]

盗塁練習で二盗を目指す近本(撮影・大森 寛明)
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 現在公開中(一部では20日まで)の『阪神タイガース THE MOVIE~猛虎神話集~』は「球団創設85周年記念公式ドキュメンタリー映画」とうたっている。封切り初日の14日に観た。感想についてはスポニチ・アネックス『内田雅也の広角追球』をご覧いただきたい。

 過去の名場面集だけでなく、現役選手も出演している。なかに近本光司のインタビューがあった。聞き手は元高校球児(日大桜丘高)で阪神ファンの俳優・佐藤隆太である。

 「僕が盗塁する時、周りの音が聞こえていると思いますか?」と近本が問いかける。佐藤は集中しているから全く聞こえないはずだと答える。

 「それが実は、聞こえているんですよ。歓声もしっかり耳に届いています。ただ、スタートを切った瞬間は静かなんです。でも4歩目、5歩目あたりからワーーッとくる。1、2歩じゃ盗塁かどうか分からないんでしょうね。その4歩目のワーーッがね。それがね……たまらないんです」

 昨年、プロの、そして阪神という人気球団に飛び込んだ近本の実感である。彼は走るとわき上がる大歓声にしびれていたのだ。その大歓声に後押しされて走っていた。そして盗塁王に輝いたのである。

 2リーグ分立初年度、1950(昭和25)年、セ・リーグ初代盗塁王に輝いた金山次郎(松竹)の話を思い出した。中学3年の夏休みに読んだ77(昭和52)年4月発行、近藤唯之の『白球に賭ける!』(現代企画室)にあった。読書感想文にしたのでよく覚えている。<盗塁のコツについて質問すると、金山はこういった>そうだ。
 「盗塁なんてのは感動ですよ。ヒット打った感動で走る。これしかないんですよ」

 金山が50年に放った安打は185本。うち単打142本は長くセ・リーグ記録(現在の記録は2005年・青木宣親の169本)だった。近藤は打って走るのは<感動と感動の相乗作用である>と書いた。
 5年連続盗塁王に輝いた赤星憲広(元阪神=現本紙評論家)に現役時代に聞いた話を思い出す。

 「よく、盗塁は3S(スタート、スピード、スライディング)+勇気と言うじゃないですか。違います。僕に言わせれば勇気+3Sなんです」

 つまり3Sという技術以前の精神が大きく物を言うと言いたいわけだ。さらに赤星は「足にスランプはないというのもウソ」とも言った。盗塁には当然、失敗や憤死もある。常に恐怖がつきまとっている。

 そんな恐怖を去り、いま、近本の心の支えとなっているのがファンの声援なのだろう。彼が耳にする声援には感動や勇気が詰まっているわけだ。

 19日、1週間ぶりに宜野座に戻って来た。近本は以前と変わらず、盗塁練習を繰り返していた。          =敬称略=
     (編集委員)

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2020年2月20日のニュース