DeNA・中川大 スカウト転身、“選手の父”になる日まで「練習の虫」の努力は続く

[ 2019年12月10日 09:00 ]

決断2019 ユニホームを脱いだ男たち(9)

DeNA・中川大志
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 11月22日、横浜市内で行われたDeNAの新入団発表。スーツ姿で会場の一番後ろから見守る中川大の姿があった。アマスカウトとしての初仕事。「まだ自分が指名した選手はいないけど、夢と希望を持って入団してくる選手の顔を見るだけでうれしい。親心湧きますよね、きっと」。次のステージへ、力強く歩みだしていた。

 引き際は決めていた。17年限りで楽天を戦力外となり、DeNAから声が掛かった。このときも引退が頭をよぎったが「もう一度、チャンスがあるならやりたいと思った。でも次が最後」。そう心に決めて、新天地にやってきた。移籍2年目は3試合出場で3打数無安打。2度目の通告で、迷いはなかった。いつも支えてくれた莉野夫人も「あなたに任せる」と言ってくれた。11年間の現役生活に別れを告げ、バットを置いた。

 小学1年で野球を始めたのは、高校野球の指導者だった父・明智さんの影響だった。とにかく厳しかった父だが、「プロを目指せ」と基礎を叩き込んでくれた。16年に56歳で他界。天国で見守る父の教え通りに努力する姿は「練習の虫」とも呼ばれた。「いいときも悪いときも、投げやりにせずにやってきた。頑張ってきたので、父も“お疲れさま”って言ってくれていると思います」。父を思い、穏やかに笑った。

 18歳でプロの世界に飛び込んでから毎年、シーズンが終わると欠かさなかったことがある。自身をプロの世界に導いてくれた担当スカウトの山田潤氏(楽天)への連絡だ。話題は野球のことだけでなく、プライベートにまで及ぶ。戦力外通告を受け、アマスカウトの話をもらったときもすぐに相談した。恩師からの「魅力的な仕事だ」との言葉に、中川大も「僕は山田さんに今も感謝しているし、縁って大事。自分もそうなれたら」と新たな道を決めた。

 「たくさん失敗すると思いますが、失敗を恐れて逃げては駄目。どんなことも逃げずに頑張っていきたいと思います」。次の舞台でも中川大らしく努力を重ね、原石を発掘していく。(町田 利衣)

 ◆中川 大志(なかがわ・たいし)1990年(平2)6月8日、愛知県生まれの29歳。桜丘ではエース兼4番を務め、08年ドラフト2位で楽天入団。11年11月に育成選手となり、12年12月に再び支配下選手登録された。17年限りで戦力外となり、DeNAに入団した。通算成績は168試合、打率・204、9本塁打、52打点。1メートル86、95キロ。右投げ右打ち。

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