【内田雅也の追球】「未来」を懐かしむ――阪神の「エース」高橋遥人のKO

[ 2019年9月13日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2―12ヤクルト ( 2019年9月12日    甲子園 )

4回を投げ終え8失点の高橋遥(右)はベンチに戻り肩を落とす(撮影・大森 寛明)
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 お祭り広場に花吹雪が舞い、『蛍の光』が流れた。「ゴーゴー」を踊る人々もいたらしい。当時のスポニチ本紙が伝えている。

 13日は1970(昭和45)年、大阪での日本万国博覧会(万博)閉幕の日だ。入場者は3月15日の開幕から183日間で空前の6421万8770人を数えた。

 そんな万博のシンボル、太陽の塔がカバーとなった小説に重松清の『トワイライト』(文春文庫)がある。主人公の男性は40歳を前に、小学生のころ訪れた万博会場を再訪する。<いま、太陽の塔はひとりぼっちだった><残骸だ、と思った>。そして<未来を懐かしむ場所になってしまった>。

 月の石、動く歩道、ワイヤレスフォン……万博には未来が詰まっていた。だが現実には、当人たちが抱いていた未来は訪れない。当時を懐かしむ感情が苦く、切ない。

 この夜、自己ワーストの8失点で4回KOとなった阪神・高橋遥人は「未来のエース」だ。痛打され、天を仰ぎ、下を向く。辛い登板だった。

 中島みゆきの『時代』ではないが、いまは、とてもそんな感情にはなれないだろう。だが、エースとなる未来を見渡せた時、もしくはエースとなって振り返る土岐、“あんな時代もあった”“こんな辛い夜もあった”と懐かしむことができるのではないか。

 まだプロ2年目だ。猛暑の夏の間、ローテーションを守って投げてきた。疲れもたまっていよう。甲子園には、ようやく秋の涼風が吹くようになったが、夏バテならぬ、秋バテに襲われているかもしれない。持ち前のキレも制球もなかった。

 阪神の歴代エースも必ずぶち当たった壁である。同じ大学出の村山実も2年目は急性胃腸炎で倒れるなど、8勝15敗と大きく負け越している。

 同じ重松作品で短編の『コーヒーもう一杯』(文春Web文庫)では、大学1年生の主人公が同棲(どうせい)相手の女性とコーヒーを飲む時、<むしょうに懐かしい>という不思議な感覚に襲われる。3歳年上の彼女は分かっていた。

 「コーヒーのことが、いま懐かしいわけじゃないの。これから懐かしくなるのよ。あなたはいま、未来の懐かしさを予感してるの」

 ひょっとすれば、監督・矢野燿大は、そして阪神ファンはこの夜の光景を懐かしんでいるかもしれない。幼子の成長を見守る親の気持ちと言えばいいだろうか。

 つまり、予感(もしくは願望)として高橋遥がエースとなる未来がすでに見えているのである。=敬称略=(編集委員) 

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2019年9月13日のニュース