【内田雅也の追球】ファンへの5310勝目――5000敗翌日に快勝の阪神

[ 2019年9月12日 08:30 ]

セ・リーグ   阪神10―3ヤクルト ( 2019年9月11日    甲子園 )

雨の中試合開始を待つ阪神ファン(撮影・後藤 正志)
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 雨の中、スタンドに笑顔が広がっていた。午後10時24分、待ちに待った勝利の瞬間だ。選手たちは、この勝利のために、いや、この笑顔を見るために戦っている。

 この夜は大量リードで登板はなかったが、藤川球児はいつも口にしている。「お客さんに喜んで帰ってもらえるようにすることを目的にしている」。目標は勝利や優勝だろうが、それ以前に目的がある。プロとして、誰かを喜ばせることが最上の幸せなのだ。

 午後3時過ぎに降りだした雨で試合開始は1時間以上遅れ、7時7分だった。試合中も降った。それでも老いも若きも、子どもたちも雨にぬれながら、声をあげ、手を叩いていた。今季限りで阪神退団を表明している鳥谷敬が左翼への二塁打で今季初の打点をあげた時など、涙するファンの姿もあった。

 これが阪神である。こんな人々に支えられ、今がある。前夜(10日)、1936(昭和11)年の創設初年度から数え、公式戦通算5000敗を喫した。プロ野球史上、DeNA、オリックスに次いで3球団目だ。

 この大きな節目はしかし、恥や屈辱の数字ではない。負けても負けても球場に足を運んでくれるファンが支えてきたという証しである。誇るべき数字ではないか。

 負けても「明日がある」、最下位でも「来年がある」と信じ続けてくれたわけである。だから、この夜は再出発だった。そして記した通算5310勝目だった。

 大リーグには阪神と似た境遇のチームがある。フィリーズだ。2007年7月15日、大リーグだけでなく、プロスポーツ史上初めてとなる通算1万敗を喫した。球団創設125年目で達成された壮大な数字である。

 この敗戦を見届けるため、わざわざフィラデルフィアに足を運んだノンフィクション作家・佐山和夫は『大リーグ・フィリーズ10、000敗』(志學社)を著した。副題は『“友愛の町”球団が負けても負けても愛されるわけ』とある。

 試合後に立ち寄ったバーで老人の店員が話したそうだ。「これはね、“負けて勝つ”というやつですよ。そう、これでいいのだ」

 フィリーズのファンは「同じ町でチーム名を変えずに存続してきた最古のプロチーム」を誇りとする。阪神も創設以来、変わらず甲子園球場を本拠地とし、タイガースを名乗る。伝統である。07年当時、ワールドシリーズを制したのは1度だけ。日本シリーズ制覇1度の阪神に似る。

 フィリーズは1万敗の翌08年、2度目のワールドシリーズ制覇を果たした。5000敗の阪神も、必ずやファンに報いる日が訪れる。ファンは必ず待っている。 =敬称略=(編集委員) 

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2019年9月12日のニュース