内田雅也が行く 猛虎の地<1>神戸ベイシェラトンホテル&タワーズ

[ 2018年12月1日 10:31 ]

【山と港を望んでの熱弁「一度壊してでも」――金本氏への監督要請】

神戸ベイシェラトンホテル&タワーズ21階「神戸グリル」からの眺め。六甲の山なみや神戸港が望める。
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 連載「猛虎の地」は、阪神タイガースの歴史上の事件や出来事があった場所を訪ね、その当時と現在を描くものだ。あの日あの時あの場所はいま――という後日談をからめた今昔物語であり、「聖地巡礼」でもある。1935(昭和10)年の球団創設から84年の歴史を発掘し、明日を見つめたい。

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 神戸港内にある六甲アイランドは「海の手」と称される人工島だ。その中心部に建つ神戸ベイシェラトンホテル&タワーズが交渉場所だったと後に分かった。

 2015年10月1日、阪神球団社長(肩書は当時=以下同)・南信男、球団本部長・高野栄一が本紙評論家・金本知憲を招き、監督就任要請を行った。チームは9月に入っての失速で優勝争いから脱落し、監督・和田豊の進退問題が浮上。前日9月30日に開いた球団取締役会で和田の今季限りでの退任を承認、後任を金本で一本化していた。

 隠密に進めた交渉で、当時は行方をつかめていなかった。場所は「ホテル内のホテル」と呼ばれる特別フロア、20階のスイートルーム。専用キーが必要で地下駐車場からエレベーターで直行できる。人目に触れた場合も考え、金本には「ラフな格好、ゴルフの練習に出かけるような雰囲気できてほしい」と頼んだ。

 チームは神宮でヤクルト戦は降雨中止。神戸の空は晴れていた。部屋は北西角で南は「広い窓から六甲の山なみと神戸の港が見渡せた。今思えばいい眺めだった」と振り返る。景色を楽しむ余裕などなかった。

 金本は「当初は全く受ける気がなかった」と今も話している。正午すぎから昼食をはさんで3時間。交渉は空回りした。

 「もう少しゆっくりしたい」と拒む金本に南は「辛く苦しい日々になるかも知れんが」と自身の経験を交えて話し、「後から楽しい思い出に変わる」と口説いた。

 2度目の交渉は1週間後の8日、同じ部屋で行った。チームは7日に広島敗退で辛くも3位を確保し、クライマックスシリーズ(CS)進出を決めていた。今度は南、高野に加え、専務の四藤慶一郎も加わった。07年社長就任の南は3度目の監督交代で自身の責任も痛感、すでに辞任を決めていた。次期社長に就く四藤の同席は球団一丸を示す誠意でもあった。

 本気度を示すセリフも用意していた。初回交渉後、南がオーナー・坂井信也から聞いた「一度チームを壊してでも建て直してほしい」だ。「再建と言うより、つぶしてしまって新しくつくる」と再構築を託したのだ。

 南は「うんと言うまで帰さんぞ」と半ば本気でドアのカギを閉めての5時間。金本は何杯もアイスコーヒーをおかわりした。心が動いたと南は手応えを得ていた。

 3度目は巨人とのCSファーストステージ(東京ドーム)での敗退が決まった12日夜、東京・日本橋のマンダリンオリエンタル東京37階の広東料理「センス」で会い、確信を得た。17日に南への電話で受諾、報告を受けた坂井は相当に喜んだ。

 あれから3年。金本は志半ばで監督を退いた。坂井も11月30日限りでオーナーから退いた。

 今回の金本退任の騒動は記憶に新しい。新監督に矢野燿大を迎え「金本路線の継承」をうたう。ならば、当時の本社・球団・現場の一丸も思い返したい。=敬称略=(編集委員)

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