「失敗」を期待して「待つ」――阪神首脳陣の姿勢

[ 2018年2月9日 09:00 ]

<阪神春季キャンプ>セカンドでシートノックを受ける大山
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 【内田雅也の広角追球】半導体メーカー、IT企業や研究所が密集する米シリコンバレーには「早く失敗しろ」(Fail fast)という有名な言葉がある。起業家たちへの警句である。

 アップルのスティーブ・ジョブズは21歳で創業してから多くの失敗を積み重ねた。グーグルの機密研究機関X(旧グーグルX)の統括責任者アストロ・テラーは失敗した社員を表彰台に上げ「よくやった。みんな、見習おう」と評価する。

 真の成功のためには失敗の経験が欲しい。「まぐれ当たり」では、いずれメッキがはげる。まさに「失敗は成功の母」なのだ。

 シリコンバレーと同じ話を沖縄・宜野座でのキャンプ中、阪神内野守備走塁コーチ・久慈照嘉から聞いた。昨秋から二塁手として守備練習を繰り返す2年目の大山悠輔について聞くと、全く同じ言葉が返ってきた。

 「早く失敗してほしいですね」

 確かに久慈は言った。

 「練習で見せてくれている動きは特に問題はないですよ」と、まずは及第点を与えた。大山の二塁守備はすでに定評があり、“もう分かっていることじゃないですか”と顔に書いてあった。評価が厳しい久慈のことだ。信じていいだろう。

 「あとは実戦でどれだけ動けるか。練習だけではどうしてもできないプレーがある。併殺の時の塁上での動き、内外野の中継プレー、投ゴロで二塁にどちらが入るのか……といった動きは実戦で覚えていかないと分からない。打者や状況によって守備位置も変わってくるしね。だから、あとは実戦。必ず失敗は出てくる。早く失敗して覚えていってほしいですね」

 なるほど、ノックを受ける練習段階ではもう合格なのだ。問題は初体験の二塁手として、どこまで経験を積めるか。つまり、失敗の数の多さが成功を呼ぶと信じている。

 先に書いたテラーが失敗をたたえたのは「失敗できる雰囲気」をつくりたかったからだという。昨年も失敗を取り返す「バウンスバック」の姿勢を書いたが、今の阪神には失敗を許せる雰囲気がある。幾度も書いてきたが、野球は失敗のスポーツだ。「二塁・大山」に、その神髄を見たい。

 失敗を望むのと同様に首脳陣が気をつけたいのは「待つ」姿勢である。

 現代は<「待たない社会」、そして「待てない社会」>だと、元大阪大総長で哲学者の鷲田清一が『「待つ」ということ』(角川書店)で、その不寛容を指摘している。

 <「待つ」は偶然を当てにすることができない>とある。<「待つ」はいまここでの解決を断念したひとに残された乏しい行為であるが、そこにこの世への信頼の最後のひとかけらがなければ、きっと、待つことすらできない>。

 この論でいけば、阪神監督・金本知憲は「待てる」監督である。選手への信頼がある。いや実際は期待という程度かもしれない。いずれにしろ、若手が育つのを長い時間かけて、待つことができる。

 就任時からチーム全体の「底上げ」をテーマに掲げ、若手育成とチーム勝利の両立を目指してきた。たとえば、就任1年目に抜てき、奮闘した高山俊や北條史也は2年目の昨年、不振にあえいだ。若手育成の難しさを痛感するが、金本自身は恐らく「そんな簡単にいくものではない」と承知していただろう。

 だから、今回のキャンプも、捕手―二遊間―中堅手のセンターラインが未確定という不安要素についても、どこかで「必ず誰か出てくるはずだ」と待つ姿勢でいる。待つ喜び、待つ楽しみを知っているのだ。

 就任3年目。「石の上にも三年」という。「人事を尽くして天命を待つ」という。待ってみたいと思う。=敬称略=(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 沖縄でのキャンプに通い始めて20余年、今年が一番寒い。ズボン下にタイツ、ポケットにカイロ、ジャンパーのチャックを上げて取材している。1963年2月生まれ。桐蔭高―慶大卒。大阪紙面の『内田雅也の追球』は12年目に入った。

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