【キヨシスタイル】監督として…耳に残った闘将・星野氏の言葉

[ 2018年1月9日 10:20 ]

監督時代の中畑氏(左)と星野氏
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 改めて思う。強い人だなあ。4日に突然亡くなられた星野仙一さん。膵臓(すいぞう)がんのことは、親友の田淵幸一さんや山本浩二さんにも知らせていなかったという。

 私だったらすぐ話している。みんなに励ましてもらいたいから。周囲を心配させないよう、がんとの闘いを一人で抱えての旅立ち。最期まで闘将の生きざまを見せられた思いがする。

 こわもてだけど、面倒見のいい親分肌。私もお世話になった。星野さんが2度目の中日監督時代だったかな。北谷キャンプで「監督の心構えとして一番大事なのはなんですか?」と聞いたら、すぐ答えが返ってきた。

 「監督に必要なのは、ぶれないことじゃないか」

 この言葉がずっと耳に残っていた。監督がぶれたら選手やスタッフは敏感に察知する。DeNAの監督になった2012年からの4年間、いつも肝に銘じていた。おかげで、最下位続きのチームに「怠慢プレーは許さない」といった規律を注入できたと思っている。

 当時は星野さんも楽天の監督をされていて、オープン戦や交流戦で会うたびにいろんな話をさせてもらった。お互い頸椎(けいつい)ヘルニア持ち。手術の相談をした。「監督が元気のない姿を見せちゃいかんぞ」。アドバイスもいただいた。

 最後は楽天球団副会長という立場だったけど、常に球界全体のことを考えていた星野さん。昨年11月、殿堂入りパーティーの締めのあいさつで「全国津々浦々で子供たちが野球できる環境を整えないといけない」と話された。

 中学生の野球部員が激減し、底辺拡大が求められる今。星野さんに球界OB初のコミッショナーになってもらいたかった。野球に対する愛情、情熱にあふれ、いろいろなアイデアを持って旗を振れる人材。この人しかないと思っていた。

 それはかなわぬ夢となった。星野さんとしてはやり残したことがいっぱいあったと思う。悔やんでいるはずだ。その遺志を私たちがしっかり受け継いでいかないとね。

 球界のためになにができるか。闘将の代わりはできないけど、天国から「キヨシ、なにやっとんじゃあ!」と怒鳴らせないようにしなきゃ。安らかに眠っていただけるよう、自分なりに頑張っていきたい。(スポニチ本紙評論家・中畑 清)

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2018年1月9日のニュース