ダルは11→21 同じ番号を着け続ける希少な選手とは?

[ 2017年8月19日 10:20 ]

ドジャース・ダルビッシュ(AP)
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 7月末にレンジャーズからドジャースにトレードで移籍したダルビッシュは、日本ハム時代から慣れ親しんだ背番号が11から21に変わった。「11番が空いていなかったので、番号を言われた中で適当に選んだ」という。ド軍で11を背負うメジャー7年目の二塁手フォーサイスも、リトルリーグから着けていた番号に愛着が強かった。譲り、譲られることをお互い望まなかったのだろう。12年レイズの松井秀もこれに似た流れで、55ではなく初めて35を背負った。

 メジャーでプレーする日本選手の多くは、移籍を重ねる中で複数の背番号を経験している。イチローがヤンキースに移籍した12年当時、51は空いていたが、90年代後半〜00年代前半の黄金時代の主軸だったバーニー・ウィリアムズに敬意を表し「とても着けることはできなかった」と固辞。31を選んだ(51は15年に永久欠番となった)。

 では、メジャーで移籍を経験した上で、同じ背番号のままだった選手はどれくらいいるのか。2球団以上でプレーした選手では高津(10)、黒田(18)、上原(19)、福留(1)、新庄(5)、田口(99)のみ。3球団以上となると上原、福留、田口の3人しかいない。さらに、日本時代も含めて同じ番号を背負い続けている選手となると、上原たった一人だ。運やタイミングにも左右されるだけに、いかに珍しいかが分かる。

 最も多くの日本選手がメジャーで背負った番号は、日本でのエースナンバー18で9人いる(黒田、松坂、大家、岩隈、前田、五十嵐、和田、柏田、桑田)。最も多くの番号を背負ったのはマック鈴木(96、41、55、17、16、52)と大家(53、18、24、34、55、16)の6種類。2人に共通するのは、日本での実績が認められて渡米したのではなく、米国で一からキャリアを重ねたことだ。

 ちなみに、メジャーで人気急上昇中の番号といえば、今季ヤンキースで大ブレークした長距離砲ジャッジの99。初出場したオールスターの練習用ユニホームは、過去10年の誰よりも売れたという。99番を選んだ理由についてスポーツ専門局ESPNの取材に答えた25歳は、きまじめな性格そのままにこう言った。

 「ヤンキースの春季キャンプ初日、僕のロッカーにこの番号のユニホームが掛かっていたんだ。それがこの番号。ヤンキースからもらった番号を断るわけないよ」(記者コラム・大林幹雄)

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2017年8月19日のニュース