【球界悼む声】巨人・豊田2軍投手コーチ「昨日は眠れなかった」

[ 2017年6月30日 05:30 ]

西武の救援投手として活躍した森さん
Photo By スポニチ

 ▼東尾修氏(森氏が西武入団時の監督=スポニチ本紙評論家)突然すぎて言葉が見つからない。球の角度と球威、フォークボールがあり、1年目途中からクローザーに起用した。ただ、入団時からルーズショルダーを抱えていた。01年に豊田(現巨人2軍投手コーチ)に守護神を交代した時も、文句一つ言わずに投げ抜いてくれた。今年はブルペン担当コーチとして、信頼関係が芽生えていた。西武が強くなるこれからという時で、残念でならない。

 ▼西武・横田久則ファームディレクター(現役時代も西武で同僚)BCリーグ・富山で監督をしていた頃、彼も石川にいたので、いろいろ話をしていた。口数は多くないが、純粋に野球が好きな男だった。

 ▼西武・十亀 昨年も調子が上がらないとき、いろいろ教わった。(急死を)いまだに受け入れられないところもあるが、教わったことを生かしてやるしかない。

 ▼西武・高橋光 1年目からファームで基礎的なこと、技術的なことまで教えていただき、自分の良いところをどんどん引き出してもらった。

 ▼西武・豊田(森コーチの現役時代と)同じ背番号19というのは知っていた。凄く熱心な方で、技術的なことより、気持ちの面を教えていただいた。

 ▼中日・森監督(西武入団時の投手コーチ)抑えもさせたし、俺の背番号(11)もつけた。一緒の釜の飯を食い、優勝も何回も経験した仲間。職場というより、身内に近い。かなり動揺しています。

 ▼巨人・豊田2軍投手コーチ(97〜05年に西武で同僚)昨日は眠れなかった。昨年末に一緒に食事をしながら、いろいろな話をした。西武では2人で後ろを投げていて、切磋琢磨(せっさたくま)しながらやってきた。もう一度、強いライオンズをつくろうとしていたので、無念だったと思う。

 ▼巨人・高橋監督 びっくりしました。年齢も1つしか変わらない。残念としか言いようがない。大柄でフォームもダイナミックで、メジャーにも挑戦した。

 ▼日本ハム・栗山監督 本当にショックだった。一緒に戦っている仲間。(西武での)現役時代には取材させてもらったこともあった。

続きを表示

2017年6月30日のニュース