頼もしき「大食漢」――表彰すべき最多投球回

[ 2017年6月22日 10:30 ]

阪神のメッセンジャー
Photo By スポニチ

 【内田雅也の広角追球】「イニング・イーター」は文字通り、「イニング(回)を食べる人」という意味だ。主に先発で長いイニングを投げる投手を指していう。

 アメリカの野球記者は「イニング・イーターの食欲が減退することはない」などと使い、そのタフネスぶりをたたえる。

 日々、同行取材する阪神にプロ野球有数のイニング・イーターがいる。在籍8年目を迎えたランディ・メッセンジャーである。過去3度(2013、14、16年)、セ・リーグ最多投球回を記録している。相当な「大食漢」である。

 今季も交流戦終了時点で、12試合に登板し、投回数80はセ・リーグ5位タイだ。1試合平均でみれば、メッセンジャーは7回2死まで投げている計算になる。

 トップはラウル・バルデス(中日)の84回1/3(13試合)。菅野智之(巨人)が82回2/3(11試合)でつける。

 交流戦後半は苦しい投球が続いた。それでも試合を壊してしまうことなく、イニングを消化していった。

 6月8日のオリックス戦(京セラ)は1回に27球、2回に31球も費やした。特に2回は味方の失策から2死一、二塁を背負い、西野真弘に13球(ファウル7本)も粘られたが、三塁への鈍いライナーに切った。6回裏2死から連続二塁打を浴びて降板。クオリティースタート(QS)はならなかったが、リードを保ち7勝目をあげた。

 6月15日の西武戦(甲子園)も相手打線の粘りに苦しんだ。6回まで3ボール2ストライクのフルカウントになった打者がのべ8人もいた。毎回走者を背負い、121球を投げたが、失点はメヒアに浴びた2ラン一発だけで踏ん張った。自身に勝敗はつかなかったが、チームは9回裏、サヨナラで勝っている。

 メッセンジャーはこの2試合を「最近の登板はしっくり来ていない。特に立ち上がりはストライクゾーンに投げきれなかった。リズムを悪くしてしまった」と話し、打線への影響を思いやっていたのが印象的だった。

 それでも試合はつくっている点を評価したい。監督・金本知憲が「コントロールが乱れるなか、本当によく粘ってくれている」と話している。

 ペナントレースは長い。監督やチームにとって、これほどありがたい投手はいない。

 金本が広島の若手だったころ、試合前練習中、打撃ケージ後方で監督・山本浩二が「監督にとって、どんな選手が一番ありがたいか」と問うシーンに出くわした。中日監督・星野仙一は「そりゃあ、けがも病気もせずに毎試合、出てくれる選手だ」と答えたという。この会話を耳にした金本は「そうか、監督はそんな風に考えるのか。休まない選手になろう」と誓い、連続出場の記録を作るまでになった。有名な逸話である。

 投手も同じだ。先発ローテーションを外れることなく、責任投球回を投げてくれる投手こそありがたい。勝ち星は打線の援護や巡り合わせにもよる。だが、長いイニングを投げるということは、それだけ安定し、信頼されていることを意味している。

 ならば、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振……など投手のタイトルに最多投球回があってもいい。勝利や奪三振のような派手さはない。ただ、ひたすら投げたという勲章である。

 このタイトルは大リーグにもない。おおむね、大リーグにならって表彰規定を設けている日本のプロ野球だが、独自の視点があっていいではないか。来る日も来る日も休まず、自分の仕事を果たす。日本の勤勉さを思い直す表彰になろう。

 もちろん、登板に関するタイトルとなれば、監督、チームの起用法に左右される。シーズン終盤、意味のない起用や登板が出てくる可能性もある。この辺は――現状のタイトル争いも同じだが――ファンやわれらマスコミの監視が必要かもしれない。

 ちなみにプロ野球のシーズン最多投球回は何と541回1/3がある。1942(昭和17)年、朝日軍の林安夫がマークしている。一宮中(現・一宮高)時代、前年春の選抜で準優勝した右腕で、新人ながらエースとなり、シーズン105試合中71試合(うち先発51)に登板、32勝22敗だった。

 50年の2リーグ制以後で最多は61年、権藤博(中日)の429回1/3。連投を重ねる姿に「権藤、権藤、雨、権藤」という流行語も生まれた。

 分業制が進み、完投は昨年のセ・リーグでわずか47試合。投球回数は最多のメッセンジャーで185回1/3と200回に届かない。継投が当たり前のいま、先発としての役割を果たす「大食漢」は頼もしい。 =敬称略=(編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963年2月、和歌山市生まれ。小学校卒業文集『21世紀のぼくたち』で「野球の記者をしている」と書いた。桐蔭高(旧制和歌山中)時代は怪腕。慶大卒。85年入社から野球担当一筋。主に阪神を追う大阪紙面のコラム『内田雅也の追球』は11年目を迎えている。

続きを表示

この記事のフォト

2017年6月22日のニュース