目標を持つこと――『チア☆ダン』の涙

[ 2017年4月21日 09:00 ]

「チア☆ダン」パンフレットと桜
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 【内田雅也の広角追球】大阪府のある小学校が4年生男子に「将来の夢」を調査すると、ユーチューバーが3位に入ったと話題を呼んでいる。1位はサッカー選手、2位は医者だった。

 また学研が毎年出している「小学生白書」(Web版)によると、昨年9月調査の「なりたい職業」でユーチューバーが見られた。

 ユーチューバーにさほど驚きもしないし、野球選手はどこへ行ったといった話はさて置く。この2つの調査で何よりも考えさせられたのが、将来つきたい職業が「わからない」と答えた子どもの多さだ。大阪府のある小学校では37・8%を占めた。学研の白書でも32・1%と前年度から4・1ポイント上昇している。

 白書では<職業の概念が変わっていく現代社会で、小学生も未来の自分の姿を描きにくくなっているのかもしれない>とまとめている。

 子どもたちが夢を描けない、目標を持てない世の中なのか、と沈んだ気持ちになる。

 そんな時、映画『チア☆ダン』を見た。

 福井県立福井商業高校のチアリーダー部が2009年3月、全米チアダンス選手権で優勝したという実話を基にしたストーリーだ。普通の女子高生たちが顧問の女性教師の熱血指導やチームメートとの団結でとんでもないことをやってしまうという青春物語だ。

 実は、何人かの高校野球監督から「泣けた」と推薦されていた。ある監督からは「福井商に練習試合を申し込んで、チアダンス部も見学したい」とLINEが届いた。

 出張先の横浜で見た。エンドロールで大原櫻子の『ひらり』が流れる間にタオルハンカチが涙でぬれてしまった。

 猛烈な指導に批判が起こり、廃部危機に陥る。それでも「地獄先生」(天海祐希)は「あの子たちに目標を持たせてあげたいんです!」と譲らない。サッカー部の男子を応援したいだけで入部した主人公ひかり(広瀬すず)は「先生は私たちに目標を持たせてくれました」と存続を訴える。

 目標を持つこと、夢を描くことの大切さが伝わる。同級生で部長(キャプテン)の彩乃(中条あやみ)が「夢ノート」に記し、ひかりに語りかける言葉が印象的だ。

 「どんなに努力してもダメなことってあると思う。でも、努力し続けるしかないんだよ」

 目標さえあれば、努力できる。夢がかなわずとも努力した日々は糧となる。甲子園という目標に向け、練習を重ねる高校球児たちに送るメッセージになっている。

 重松清の『熱球』(新潮文庫)を思った。公立校野球部で甲子園出場の夢がかなわなかった中年主人公が、母校受験を迷う中学3年生に「甲子園に行けるさ」と励ます。

 「甲子園までは死ぬほど遠いけどな、でも、ちゃんと道はあるんだ。どの学校にも甲子園につづく道はあるんだ。近いか遠いかの違いだけなんだ。その道をさ、それぞれが進んでいくしかないんだ、みんな」

 映画では全米選手権決勝で教え子たちが踊っている最中、地獄先生の涙が止まらない。演技を終えた後、駆け寄ったひかりが「まだですよ、発表は」と言って抱き合う。

 目標に向け、懸命に努力して決戦の舞台を迎えたのならば、ダンスでも野球でも何でも「もう、勝敗はどうでもいい」と思える時があるものだ。そんな瞬間こそが尊い。

 確かに自分は小学校の卒業文集『21世紀のぼくたち』で「野球の記者をしている」と書いた。「プロ野球選手は無理」「でも好きな野球の近くにいたい」という理由だった。先生は「西暦2001年に自分がどうしているかを書きなさい」とおっしゃった。クラスには職種ではなく「家族と仲良く、幸せに暮らしている」と書いた男子がいた。彼は恐らく正しい。

 就きたい職業が「わからない」という小学生も今はわからなくて構わない。何も「職業=夢」とは限らない。それよりも目標を持つことだ。目標があれば努力できる。そして、達成できなくても自分を磨いてくれる。 (編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高(旧制和歌山中)時代はノーコンの怪腕。慶大卒。85年入社から野球担当一筋。3年前から軟式少年野球チームでコーチを務め、悪戦苦闘している。大阪紙面のコラム『内田雅也の追球』は11年目を迎えた。

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