ほめるか、叱るか――「怒り」のマネジメント

[ 2017年2月21日 09:10 ]

オリックスの福良監督
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 【内田雅也の広角追球】中学3年間、社会科を学んだ女性教師がある日、黒板に「喜怒哀楽」と大書したのを覚えている。「大人に成長していくうえで、この人間の感情のなか、最もコントロールすべきものはどれでしょう? 内田君!」

 僕は「哀」と答えた。「悲しい時でも涙など流さず辛抱する。それが大人の姿勢だと思います」

 先生は「それもあるでしょう」と認めたうえで「これです」と「怒」を丸で囲んだ。「感情にまかせて当たり散らしたり、汚い言葉を投げかけたりしてはいけません。怒りたい時も、ぐっとこらえて考えるんです」

 今では「アンガー・マネジメント」と言うそうだ。イライラなど怒りの感情(アンガー)と上手に付き合い(マネジメント)、ポジティブに使っていこうとする取り組みである。

 沖縄でプロ野球のキャンプ取材を続けている。監督、コーチ陣の「怒り」に触れる時がある。

 宮崎から届いた記事によると、オリックス監督・福良淳一は怒りを表に出し続けている。体調管理を怠ったとして2軍に送り、バントを失敗した選手に何と3時間、5時間の特訓を命じた。

 巨人V9監督の名将、川上哲治を思った。著書『遺言』(文春文庫)にある。<たとえばバントを失敗した選手に対してそれをとがめたところで、彼の人格を傷つけるためにいうのではない。その選手があらためて反省し、バント練習に取り組み、うまくなれば本人も評価され、チームもいくらか強化される。それだけのことだ>。

 ただし<「怒る」は感情的になって腹を立てることだが「叱る」は声荒くとも愛情に基づいた戒めだ>と<叱ることが教育の原点>としている。

 反対に、監督として近鉄、オリックスを優勝に導いた仰木彬は<叱るよりほめろ>と著書『勝てるには理由がある。』(集英社)に記している。同じバントを引き合いに<当たり前のことを当たり前にやった時に「ナイスプレー!」と声をかけてやる。(中略)ほめてやれば、選手の励みにもなるし自信にもつながります。この自信と成功の蓄積が人を育てることにほかなりません>。

 阪神の宜野座でキャンプでバント失敗が相次いだ投手陣にも監督・金本知憲は「去年よりうまくなっているよ。シーズン中もできる」とほめていた。ヘッドコーチ・高代延博が「逆療法」と説明していた。「アカンアカンでは育たんよ。ほめて自信をつけさせないと」

 川上流の「叱る」、仰木流の「ほめる」は一見正反対だが、感情的ではなく、思慮深く、愛情のこもった指導だったことがわかる。それを川上も仰木も全員の前で行う。チーム全体に姿勢を浸透させる意図が見える。

 星野仙一(現楽天球団副会長)が<ほめるのでも叱るのでも(中略)みんなの前で、はっきりとよく聞こえるようにする>と示している=『改訂版 星野流』(世界文化社)=。<どれもが他人ごとではない。他人ごとで済まさないために>と説明している。

 星野同様に「闘将」と呼ばれ、阪急、近鉄を球団初優勝に導いた西本幸雄は個人を高め、チームを引き締めるために、ほめたり、叱ったりしていた。鉄拳もふるった近鉄監督時代、代走専門の藤瀬史朗を「控え選手だったが、全員の前で走塁をほめたよ」と話していた。「藤瀬は自信を持ち、チームは走塁の意識が高まるだろう」

 過去の名将たちは「怒り」の感情をうまく管理していた。もう40年以上前、冒頭の先生は怒りのコントロールについて「実はわたしもまだできていません」と言って笑わせ、大切なことを教えてくれた。「怒りにはものすごいエネルギーがあります。世の中には不正や理不尽なこともあります。そんな時は大いに怒り、正していく力にしましょう」。心に残る立派な社会の授業だった。

 人生に似る野球である。同じマネジメントが問われている。=敬称略= (編集委員)

 ◆内田 雅也(うちた・まさや)1963年2月、和歌山市生まれ。小学校卒業文集『21世紀のぼくたち』で「野球の記者をしている」と書いた。桐蔭高(旧制和歌山中)時代は怪腕。慶大卒。85年入社から野球担当一筋。大阪紙面のコラム『内田雅也の追球』は11年目を迎えた。

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