「水」ではなかった

[ 2016年12月5日 10:00 ]

2002年、ジミー・カーター米元大統領とカストロ氏(AP) 
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 【我満晴朗のこう見えても新人類】11月25日に亡くなったフィデル・カストロ前キューバ国家評議会議長は大の野球好きとして有名だ。

 若い頃はヤンキース傘下のマイナーでプレーしていたがメジャー昇格までに至らず、傷心のうちに帰国。復讐(ふくしゅう)を期して米国相手に立ち上がった、との「伝説」を聞いたことがある。

 まさか、ね。それじゃあ単なる逆恨みだ。

 1995年にインターコンチネンタル杯の取材でキューバを訪れた際、野球関係者に聞きまくってみたら案の定「えっ?そうなんですか」と驚かれるケースがほとんどだった。どうも前述のエピソード、典型的な「都市伝説」だったらしい。

 対照的に同国民が信じて疑わないのが「野球発祥地はキューバ」説なんだそうな。ベースボールという競技、一般的には1800年代前半に米国で誕生したことになっている。だが1492年にコロンブスがキューバに初上陸した際、すでに現地では「バトス」という野球によく似た遊びが流行していた。これが野球の原型だ、だからバットの語源はこの「バトス」で間違いない…という説。元日本代表監督で、キューバ野球事情に詳しい山中正竹さんに聞いた話だ。

 もちろん国内の野球熱も高い。21年前の話で恐縮だが、ハバナ市内を歩いていると現地の皆さんから何かにつけて声を掛けられた。そして筆者が日本人と分かると以降100パーセントの確率で野球の話になる。気がつくと周囲は知らない人ばかり。「オレはヒロシマ・カープのTシャツを5枚持っているんだ」と自慢する謎のオジサンまで現れ、スペイン語でテンション高く野球を語ってくる。同行していた通訳さんがあきれ顔になるほどだ。

 日本チームの練習ではこんなこともあった。エースの杉浦正則投手(日本生命)がブルペンで投球練習を開始した途端、ファンが20人ほどわらわらと集まってくる。なぜか他の投手には見向きもしない。そして、カメラを手に取材中の筆者に「アクワ?」「アクワ?」となれなれしく話しかけてくるではないか。

 なぜ「agua(水)」なんだ?のどが渇いたなら売店にでも行けばいいものを。そんなトンチンカンな思いを巡らせて通訳さんに確認したら、正解は全然違った。「A Cuba?」つまりこの投手はキューバ相手に投げるのか?という意味の問いという。どう見てもごく普通の野球好きという感じの皆さんなのに、日本の主戦が杉浦であることを当たり前のように知っている。キューバ国民の「野球偏差値」の高さを実感した次第だ。

 余談だが同国代表と言えば3本ラインでおなじみのアディダス製ユニホームが印象的だった。カストロさんが公の場で同社のジャージーを着用したのは、愛する母国代表チームに敬意を払っていたからではないだろうか。今となっては確認するすべもないので、数ある「キューバ伝説」の一つに加えておきたい。(専門委員)

 ◆我満 晴朗(がまん・はるお)1962年、東京都生まれ。ジョン・ボンジョビと同い年。64年東京五輪は全く記憶にない。スポニチでは運動部などで夏冬の五輪競技を中心に広く浅く取材し、現在は文化社会部でレジャー面などを担当。たまに将棋の王将戦にも出没し「何の専門ですか?」と尋ねられて答えに窮する。愛車はジオス・コンパクトプロとピナレロ・クアトロ。

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