右手の甲が記憶する大谷翔平の破壊力

[ 2016年11月18日 09:00 ]

オランダ戦での大谷翔平選手の140メートル弾のインパクト。内角低めの球を窮屈にならずに右中間に運んだ。ユニホームに刻まれる深いシワにも注目

 【長久保豊の撮ってもいい?話】これはフェンスは越えないと、見切った打球だった。先月の札幌ドームでのCSファイナル、試合前のレフトスタンドでの出来事だ。撮影用の三脚を据え付けている最中、目の端に白いものを捕らえたときにはもう遅かった。右手の甲にガツンという衝撃と激痛。一瞬、何が起こったかはわからなかったが足元に転がるボールを見て状況を理解した。

 遠い打撃ケージには大谷翔平。ジンジンする痛みは続き、手の甲にはムカデがはうようなボールの縫い目がくっきり残った。

 実は以前にもライトスタンドで打球を食らったことがある。打ったのはべんちゃんこと中日(当時)の和田一浩選手。同じように見切った打球がフェンス直前で伸びてきた。

 容易にフェンスは越えないはずの左打者の左方向、右打者の右方向の打球。流したのではなく引っ張ったような2つの打球に共通していたのはきれいなスピンがかかっていたこと。

 侍ジャパンの強化試合はネット裏からカメラを構えた。打撃撮影には不向きなポジションだが打者・大谷のすさまじき破壊力を確認することができた。それは内角低めを痛打した侍1号。手足の長い大谷にとっては苦手なコースのはずだが少しも窮屈にならず、推定140メートルぶっ飛ばした。腕ではなく、上体の回転スピードのなせる技。インパクト時に脇腹から背中にかけてユニホームにできた深いシワがその証だ。和田一浩選手が巧みなバットコントロールで打球にスピンを与えライト方向に引っ張ったとするなら、大谷は体の回転パワーとスピードをボールにぶつける。

 すぐ前の席にはMLB関係者の一団がいた。大谷がお目当てなのは間違いないのであろうが侍ジャパン1号も、推定飛距離160メートルの天井打にもさほど興奮したそぶりも見せず当惑した感じだった。打者・大谷には興味がないのか、それとも調査済みということなのか。報告書の冒頭には「まだ投打ともに進化の途中である」という一文を加えてほしいものだ。

 3年前の7月10日、仙台。ゴールデンルーキーのごく普通の打撃、ごく普通の打球のプロ1号を見た。だがその翌日、練習中に打球を顔面に受けムンクの叫びみたいな顔をした彼がいた。

 「青アザ程度の軽傷だろう」と状況もよくわからないまま、恨めしげな顔を向ける彼を各社のカメラマンたちと連写した。それが病院に直行するやら、左頬骨不全骨折と球団が発表するやら…。ゴメンという機会もないままに現在に至る。

 ボクが札幌ドームで受けた打球は彼のリベンジだったのかも。右手の甲のムカデキズは痛みとともに薄れ、今は記憶だけを残して痕跡もない。

 それはなんだか寂しい気もする。(編集委員)

 ◆長久保 豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれの54歳。鎌ケ谷スタジアムの「DJチャス。」が新人広報・中原くんだったころを知る数少ない現役カメラマン。

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