あえて苦言…オリックスが失った155本のヒット

[ 2016年10月25日 09:30 ]

今年3月のオープン戦の試合前、オリックス・福良監督(左)と談笑するヤクルトの坂口
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 オリックス担当を離れて1カ月近くが経った。「もう、来ないんですか」などと聞かれると、無性に寂しくなる。多少は来ますよ、というのも距離を感じて寂しくなる。担当として過ごした4年間の「濃さ」かもしれない。ありがたい話だ。だからこそ最後に、好きなチームのために苦言を呈そうと思う。オリックスが失った155本のヒット―。勘の良い方なら気付くだろうが、ヤクルトに移籍した坂口智隆のことである。

 昨年9月、坂口が退団するという記事を書いた。その際、実は内容に間違いがあったことを、こっそり告白する。何日後かに、周りから言われて気が付いた。ただ、ふに落ちなかった。

 「生え抜き13年目の坂口」

 いや、坂口は近鉄入団だった。近鉄とオリックス。球団統合などでややこしい事情がある、と書いて言い訳しよう。でも「坂口はオリックスの生え抜き」と称しても、あの時、誰からも文句は言われなかった。何年も、チームの中心にいたから。いることが当たり前だったから。

 今、思い出すと、あのころは持ち前の明るさはなかった。笑顔の端っこに苦悩の色が出ていた。8月末ごろ、馬原と同様、減額制限を超える大幅な減俸提示を受けた。新人の年俸とたいしてかわらないものだ。そこに、戦力としての球団の期待は感じなかっただろう。結論を出すまで、何日を要したかは知らない。だが、即決でなかったのは間違いない。

 「おれ、オリックス好きやから。このチームのみんなが好きやし、みんなと優勝したいから」

 後日、坂口は当時の胸中をこう明かしていた。悩みの原因は減俸じゃない。だから、結論に至るまで相当の時間が必要だったと思う。その後、熟考して退団を決断。「もう一度、プロ野球選手として勝負したい」。シンプルかつ硬い決意だった。

 だからといって、すぐに移籍先が見つかるほど、甘い世界じゃない。興味は示しても、前向きに獲得の意思を見せる球団は出てこない。焦りや野球ができなくなるかもという不安もあったかもしれない。それでも、腹を決めた男には、いつもの明るさが戻っていた。

 「どうなるか分からんけど、もう一度勝負しますよ。NPBではできないかもしれんけど…。そうなったら独立リーグを探すかもしれんし、バイトもせなあかんやろうね。バイトって何したらええのかな。やっぱりコンビニかな。そうなったら、何か、買いに来てや」

 思わず笑ってしまった。でも、決断した男のスッキリした顔を見て、うれしかった。

 あぁ、来年は1年間、昼飯はおにぎりか。まあ、いいか。

 そんなやりとりがあった後、運命のドラフト会議を迎えたわけだ。阪神・金本監督とヤクルト・真中監督。明大・高山の抽選をめぐり、一度は真中監督がガッツポーズしたが、金本監督が「ビデオ判定の逆転ホームラン」と評した大逆転劇により、高山は阪神へ。記憶に残る歴史的な騒動があった。期待の外野手を取り損ねたヤクルトは、戦力補強を検討。そこで坂口の名前が挙がったのだと思う。もしも、ヤクルトが高山を引き当てていたら…。いろいろな人の人生も変わっていただろう。

 今年、交流戦で顔を合わせたとき、坂口は「必死ですよ」と、新しい環境に四苦八苦していた。でも、すっかりチームに溶け込んでいる様子だったし、何より1番打者として着実に安打数を伸ばしていた。「オフになって、あいつ、出さんかったらよかったな、とオリックスに思われるように頑張ってます」。そう言ってニッコリ笑う顔が印象的だった。

 私は心の中で、つぶやいた。オリックスはもう、思っているよ。期待された駿太や小田が伸び悩み、シーズン途中から、1軍の中堅守備は数年ぶりという小島が守ったり、遊撃手の大城を試してみたり。「1番センター」に困ったのは、ヤクルトではなく皮肉にもオリックスだったのだ。

 155安打もすごい。でも坂口の能力からすると、特筆すべきことではない。私が感じたのは、自己最多となった63四球のほうだ。175安打を放ち、最多安打のタイトルを獲得した11年の54四球がこれまでの最高。積極性が持ち味だから、四球はそれほど多くはない。だが、新天地で1番や2番起用の期待に応えるため、チーム打撃に徹したことが、63四球から伝わってくる。

 オリックスにいたら、打てなかった。そんな指摘を否定するつもりはない。背水の覚悟で臨んだからこそ、出てきた力があっただろう。しかし、オリックスが能力を評価しきれなかったのは事実だ。選手会長やキャプテンまで務めた選手が退団し、別のチームで155本もヒットを打つ。じくじたる思いがあってしかるべきだろう。

 リーグが違うとはいえ、155安打はオリックスでは糸井の163安打に次いで2番目。阪神の高山は球団新人記録の136安打。比較するといやらしくなるので、これぐらいにしておこう。

 私には強烈な思い出がある。それは、15年4月22日のロッテ戦のこと。ワンバウンドする藤岡のフォークに空振り三振した後、ベンチに戻る際に坂口はバットで自分の頭を殴った。手に持っていたバットに、自分の頭をたたきつけた、という方が正しい表現かもしれない。ヘルメットの鈍い音が、遠くの私にも聞こえてきそうな光景だった。「このまま引退したくない。あいつ終わったな、と思われてから復活したい」。当時ノートに、そんな言葉をメモしていたようだ。まさに有言実行の「復活」を果たした坂口には、心から拍手を送りたいと思う。

 さて、オリックスだ。坂口のいなくなったチームを、今は必死にT―岡田が支えている。そして悩んでいる。

 当時、自身のツイッターでこう言っていた。

 「共に汗を流し、喜び、泣き、悩み合った坂口さん。チームが暗い時には先頭に立って、皆を笑顔にしてくれました。僕が出始めの頃、たくさんのことを坂口さんから学びました。ホームランを打ったら、自分のことのように喜んでくれました。チームメートではなくなるけど、また同じグラウンドで会いたいな」

 先頭に立ってチームを笑顔にすればいい。学んだことを、後輩にも教えてあげればいい。私もオリックスの復活を期待している。 (鶴崎 唯史)

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