野球という仕事 田村龍弘が描き続けるギザギザの成長曲線

[ 2016年10月15日 09:00 ]

ロッテ・田村、6月には月間MVPに輝いた
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 【君島圭介のスポーツと人間】ヤフオクドームのベンチで捕手出身のプロ野球OBが呟いた。「捕手はやることがたくさんあるのに、よくやっているよ。ずいぶん仕込まれてるんだろうな。伊東にそっくりだ」。視線の先にロッテ・田村龍弘がいた。クライマックスシリーズ(CS)ファーストステージの開幕直前。田村はワンバウンドの送球を胸で受け止める練習を繰り返していた。

 大阪出身。光星学院(青森、現八戸学院光星)時代は高校通算37本塁打で高2夏、高3春、高3夏と3大会連続で甲子園準優勝に導いた。有名な話だが、田村が捕手に転向したのは高2の秋からだ。プロ入り4年目。捕手歴はわずか5年だが、今季は捕手としてリーグ最多の130試合に出場。6月には打率・400、13打点を記録し、月間MVPにも輝いた。パ・リーグの捕手としては04年6月の城島健司(当時ダイエー)以来の快挙だった。

 それでも順風満帆なシーズンではなかった。昨季も117試合に出場し、盗塁阻止率・429は12球団トップ。ロッテの正捕手と周囲に認知されたが、伊東勤は違った。今季の開幕・日本ハム戦(QVCマリン)で先発マスクをかぶったのは大卒3年目の吉田裕太。「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」という逸話を思い出した。シーズン中も要所で江村直也、金沢岳らが積極的に起用され、その度に田村はベンチを温めた。

 「寝ている間以外はずっとしゃべっている」と言われた田村の口が重くなっていった。勝っても負けても試合後はスコアラー室に閉じこもり、難しい顔で出てくる。昨オフ、金色に染めた髪はいつの間にか丸刈りで定着していた。頭ひとつ抜けた直後に腰まで泥につかる。田村はそんな小刻みな浮沈を繰り返してきた。キャリアと成績を表にすれば、右上がりの見事な曲線を描くだろう。それは野球エリートの部類だが、その線を拡大してみれば大小のギザギザで出来ている。

 CSファーストステージで、ロッテはソフトバンクに2連敗を喫した。ステージ敗退が決定した直後、何重にも取り囲んだ報道陣の中心に田村の姿を見つけた。質問に対し、慎重に言葉を選びながら丁寧な答えを返している。まるで敗戦の責をすべて負うかのような覚悟が伝わった。

 監督、コーチ、選手全員が宿舎に帰るバスに乗り込んだ後も田村を囲む輪だけは解けなかった。「バスが出るので、そろそろお願いします」。球団広報に促され、ようやく取材は終わった。22歳の捕手は口を真一文字に閉じ、前だけを見つめながらバスに乗り込んだ。(専門委員、敬称略)

 ◆君島 圭介(きみしま・けいすけ)1968年6月29日、福島県生まれ。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉は高校の大先輩。学生時代からスポーツ紙で原稿運びのアルバイトを始め、スポーツ報道との関わりは四半世紀を超える。現在はプロ野球遊軍記者。サッカー、ボクシング、マリンスポーツなど広い取材経験が宝。

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2016年10月15日のニュース