【金本阪神超変革1年目2】種まき続けた“深い”個別指導

[ 2016年10月4日 10:15 ]

シーズン途中から高山(左)、北條(中央)ら若手を個別指導する金本監督
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 阪神の歴代監督の中でも見られなかった行動だった。広島からの移動日だった6月27日。完全休養だった月曜日、午前中に広島から戻った金本監督は新神戸駅から甲子園球場へ直行した。休日返上の個別練習での直接指導が目的だった。

 チームスローガン『超変革』を掲げた就任1年目。「勝ちながら育てる」という難題に挑み、開幕前から若手野手には試合前の早出特打を義務づけた。日課にしてきた個別練習を休日にも拡大した初日。指導する選手を絞り込んだ。甲子園球場の室内練習場に呼んだのは高山ら数人だけ。約2時間にわたって片岡打撃コーチと密着指導に努めた。

 昨秋の秋季練習、秋季キャンプ、春季キャンプ、オープン戦、そして、開幕後も若手に対する直接指導は決して珍しくなかった。あの“6・27”以降もグラウンドでは従来通り多くの選手に助言を送った一方、個別指導では高山、北條を中心とした少数に絞った。監督就任から半年以上の時間をかけて選手の性格や能力を見極め、“広く”ではなく、次代のレギュラー候補を“深く”個別指導する段階へ移した。

 本拠地戦では試合開始の約5時間前から早出特打が始まり、そのすべてに金本監督は顔を出した。フロントとの会議などで参加できない際は片岡打撃コーチに「ここを見といてくれ」などと指導内容などを明確に注文することも珍しくなかった。時間をかけて特徴を把握していたから微妙な変化や修正点も目に留め、伝えた。

 OBの中には「監督が個別で数選手だけを教えることは良くない。逆に指導されない選手は嫌な思いをする」という声もあった。ただ、“差別化”は選ばれなかった選手にとって「考える時間」ができ、「反骨心」を植えつけられることにもつながった。金本監督も広島での若手時代に強化指定から漏れた悔しさを糧に自ら猛練習で道を切り開いた経験者だったからだ。実際に個別練習から外れて「最近、僕には教えてくれないんです」と漏らす選手はいた。それでも試合になれば過去にないほどの出場機会を与えられた。

 10月1日。デーゲームだった今季最終戦を控えた朝も通常通り室内練習場には打球音が響き渡っていた。143試合を戦った最後の日まで懸命に種をまく日々を積み重ねた。 (山本 浩之)

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2016年10月4日のニュース