サブローから伝授された?西武・岸投手のカーブの打ち方

[ 2016年9月29日 09:25 ]

25日の引退試合、9回裏の第4打席、オリックス・平野から右中間二塁打を放ち汗?を拭うサブロー(撮影・長久保豊)

 【長久保豊の撮ってもいい?話】あれは下克上の年だったから2010年10月のことだ。西武・ロッテのCS第1ステージ。一塁側ベンチ裏の通路で2人の男が何やら話し合っている。

 「胸元を突いてくるのはダメなんだよ、捨てなきゃ。あれはベース付近でワンバウンドする」。

 5回終了時のグラウンド整備の時間、小用からカメラ席に戻ろうとしていたボクは思わず足を止めた。

 熱弁を振るう男の前ですっかり聞き役になっているのは福浦和也。彼らの作戦会議のテーマは西武・岸孝之投手の落差のあるカーブをいかに打つかだった。部外者がここにいていいのかな、とも思ったが何しろ話が面白い。男とは先ほどから目が合っているのだが、とがめるふうでもない。聞いてくれと言わんばかりだ。

 「頭に向かって来るような球を我慢して、我慢して。そうするとベルトあたりの高さに来る。そこをスパーンと」

 チームは1-4の劣勢。それまで投ゴロ、三ゴロと岸投手の術中にはまっていた男はそうつぶやくとベンチに戻っていった。彼の熱弁の相手は福浦ではなく、ましてやボクのはずもなく、自分に言い聞かせていただけだったのかもしれない。

 あれから6年。

 「お父さん!早く、早く。サブローが売り切れちゃうよ」

 9月25日、ロッテ・サブローのラストゲーム。午前の早い時間からQVCマリンフィールドは引退記念グッズを求めるファンたちが長い列をつくった。

 球場のロビー、選手ロッカー付近には関係者、球団OB、批判を浴びることを承知で足を運んだ巨人の選手たちが本日の主役に一言だけでも声を掛けようと集っている。

 試合では4番・サブローのバットはオリックス投手陣の全球ストレート勝負に空を切った。だが9回の最終打席には平野佳寿投手の外角低めを右中間に運んだ。泣かないと決めていたのだろう。到達した二塁ベースの上で我慢していたものが目からあふれ出し、それをヘルメットで隠しながら袖で拭った。

 下克上の年のあの日、6回表無死一、二塁で打席に入った彼は頭を目掛けてくるような岸の魔球を我慢して、我慢して、スパーンと左翼線に運んだ。それに勢いづいたチームは日本一まで上り詰めた。相手投手の一番の決め球を打ち砕くのがサブロースタイル。彼が失投を待つようなタイプだったらもう少し数字は残せたかもしれない。だがそれではラストゲームにこんなに人は集まらなかった。

 セレモニーが終わり彼はベンチ裏に消えた。右翼ポール際に沈みかけた太陽の下、最後のサブローコールが起こった。1回だけ、ひときわ大きく。

 それはサブロー劇場の第2幕を求めるカーテンコール。彼らはその日が来るまでずっと待つつもりだろう。同じ場所で。(編集委員)

 ◆長久保 豊(ながくぼ・ゆたか)1962年生まれの54歳。フィルムで11年、デジタルで16年のカメラマン。ずいぶん長いことロッテ担当。

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