【内田雅也の追球】超変革で目をつぶったけど…来季はアリバイ無用

[ 2016年9月25日 08:30 ]

<中・神>メッセンジャーは完封勝ちし原口(左)と喜び合う

セ・リーグ 阪神2―0中日

(9月24日 ナゴヤD)
 推理小説や刑事ドラマに出てくるアリバイは、ラテン語で「どこか他の場所」という意味だそうだ。容疑者が犯行現場にいなかったと弁明する時に使われる。

 米国では1915年から「弁解する」「言い訳をする」の意味で用いられた。野球記者、野球作家の草分け的存在、リング・ラードナーが24年に発表した小説『弁解屋(アリバイ)アイク』(新潮文庫)の巻末、訳者解説にある。

 小説は当時のマイナー球団が舞台。主人公の外野手、通称アイクは良いことも悪いことも何でも言い訳し、ウソをつく。フライを落球しては「このグローブは新品で使い馴(な)れないんでねえ」。前年の打率を問うと「シーズンの間ずっとマラリアに罹(かか)ってたもんでねえ、結局3割5分6厘にしかならなかったんです」。

 こんな選手は今もどこかにいる。この小説を引用する『野球のメンタルトレーニング』(大修館書店)には<言い訳は自分も他人もダメにしてしまう>とある。結果がすべての世界。不運を嘆いていては先がない。

 2年ぶりの完封勝利を飾った阪神のランディ・メッセンジャーは、この心の整理がついていたのだろう。悪送球で走者の二塁進塁を許しても、二盗でピンチが広がっても冷静に後続を断った。

 捕手の原口文仁も声かけや動作で精神的安定に気を配っていた。以前はあれだけ首を振られていたサイン(配球)も、この日は円滑だった。

 メンタルトレーナーの福島大教授、白石豊の『心を鍛える言葉』(生活人新書)に感情コントロールの秘訣(ひけつ)として<自分でコントロールできないことは、あるがままに受け入れ、できることだけに集中すること。これに尽きる>とある。

 この日の勝利は、過去も未来もさておき、現在に集中したバッテリーの力が大きかった。アリバイ(弁解)を封じた強さである。

 それはチーム全体に言える。今季は新監督を迎え「超変革」を掲げ、若手登用、新旧交代に動いたシーズンだった。電鉄本社、フロントも、ファンも、将来を夢見て、不成績には目をつぶったシーズンだった。もちろん再建には時間がいるが、来季はもう、アリバイ無用の勝負が待つ。

 25日はラードナーの忌日。33年、48歳で逝った。アリバイなき阪神の勝利には、泉下の名記者もさぞ満足していよう。 =敬称略= (スポニチ本紙編集委員)

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