野球という仕事 中島卓也はバットで投手の命を削る

[ 2016年9月7日 09:00 ]

日本ハムの中島卓也

 【君島圭介のスポーツと人間】王貞治は「投手は自分の肩や肘を食って生きている」と表現した。投手が1試合で投げられる球数には限界がある。あるいは一生分の球数も決まっているかもしれない。だからこそ、王はその1球が身を削っていることを投手は肝に銘じろと言ったのだ。

 野球はボール4個で四球となるがストライクを3個投じても三振とは限らない。ファウルがある。厄介なのはファウルの数にはルール上の制限がないことだ。2ストライクと追い込まれた日本ハムの中島卓也は黙々としかし鋭くバットを振る。はじき返した打球が三塁内野スタンドのフェンスを直撃する。5、6、7球…。まるで禅を組む修行僧のような集中力でファウルを打ち続ける。ときには一度の打席で投手に15、6球を投げさせる。

 中島の打撃は真後ろからだと、まるで右手の拳を当てにいっているように見える。

 「引きつけられるところまで引きつけているので、そう見えるのかもしれません」

 練習パートナーが軽く上げる球を目前のネットに向けて打つ。このティー打撃で打者はフォームを固める。ベルト付近にバットを構え、振り始めからフォロースルーまでスタンス、頭の位置を動かさない。中島は試合前にこの動作を体に染みこませる。「空振りしないことを意識している」。限界まで引きつけた球に対してトップの低い位置から最短距離でバットを出す。球とバットが近いのでコンタクトの確率が上がる。難しい球もバットに当たるからファウルの数も増える。

 2ボール2ストライクは投手有利のカウントだが、中島に限れば違う。投手が主導権を握れるのは1ボール2ストライクまで。窮屈なカウントになれば徹底した左打ちが始まる。楽天の嶋基宏は「四球は出したくないので(中島は)早いカウントで打ち取るのが理想。追い込んだら根負けしないようにストライクを投げ続けるしかない」と明かした。

 投手にとって追い込んでからのファウルは無駄球だ。5球、6球とファウルが続けば焦る。中島に40球余分に使うとする。日本ハムの投手コーチでブルペンを担当する黒木知宏は「40球は2イニング分に相当する。投手が予定より2回早く降板すれば、ブルペンは1人、もしくは2人投手を多く使うことになる」と解説した。

 2ストライクからの中島の一振り一振りが、大げさに言えば投手生命を削る。豪快なホームランは打たない。打率も決して高くはない。だが、中島が打線にいるだけで相手投手は悪夢を見る。(専門委員、敬称略)

 ◆君島 圭介(きみしま・けいすけ)1968年6月29日、福島県生まれ。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉は高校の大先輩。学生時代からスポーツ紙で原稿運びのアルバイトを始め、スポーツ報道との関わりは四半世紀を超える。現在はプロ野球遊軍記者。サッカー、ボクシング、マリンスポーツなど広い取材経験が宝。

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2016年9月7日のニュース