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来年3月で休校の双葉高野球部OB マスターズ甲子園目指し集結

 福島県双葉町にある双葉高校が、来年3月で休校になる。東日本大震災の原発事故の影響だ。母校のユニホームを守るため、野球部OBが元高校球児の大会「マスターズ甲子園」を目指すことを決めた。5日、同県楢葉町の球場に各地の避難先から集まり、初練習。「双葉高はまだ終わっていない」と甲子園でアピールするため、元球児たちは白球を追った。

 楢葉町のならは球場に、1人、また1人、元球児が集まってきた。合計20人。その中に、震災当時、3年生だった渡部友綱さん(22)、渡辺郁也さん(22)、田仲元貴さん(21)もいた。グラウンドに駆けだしキャッチボール。威勢のいい声が響く中、ノック、バッティング練習と約3時間、20人の額には大粒の汗が流れた。

 双葉高は1973年、80年、94年と3回、夏の甲子園に出場。73年には元プロ野球広島の捕手・達川光男氏(60)を擁し優勝した広島商と1回戦で対戦した古豪だ。

 そんな伝統ある野球部が震災後、50人いた野球部員は15人になった。11年夏の県大会以降、公式戦に出場していない。最後の大会に田仲さんは投手、渡辺さんは内野手として出場していた。2人には「自分たちの学年で伝統を途絶えさせてしまった」という思いがあり、「甲子園で双葉高校をアピールして、野球部を復活させたい」とマスターズ甲子園への参加を決めた。

 渡部さんは震災後、すぐに家族と福井県に避難。福井の高校を卒業後、13年に消防士として福島に帰ってきた。この2年間で「(双葉町は)人が住めないから、火災があっても通報がなく、被害が広がった」という厳しい現実も見てきた。

 地震が起きたとき、3人はグラウンドにいた。練習は即、中止になった。田仲さんは、部活動が再開した11年4月29日のことを良く覚えている。「部員が減ったことよりも、また野球ができる喜びの方が大きかった」と振り返った。当時の自分と同じように、甲子園を目指す球児の助けになりたいと、野球部の監督を志し、仙台の大学で教員免許を取った。福島県内の高校を希望しており「双葉高校を率いて甲子園に行くのが夢」と語った。

 双葉町、双葉高への思いは渡辺さんも同じだ。震災後、住んでいた大熊町から田村市、いわき市、会津若松市と、約半年避難所を転々。全国から支援物資が送られてくることに「被災地の情報を伝えてくれる人がいるおかげで自分たちは救われた」と思い、報道機関で働くことを決意した。4年後に福島に戻ってくると心に決めて、東京の大学に進学。4月からは地元の福島中央テレビで働くことが決まっている。

 震災後、双葉町を離れ、3人はそれぞれ違った道を進んだが、それぞれが地元へとつながる進路を選んだ。母校を守りたい、地元を明るくしたい。その思いを胸に、5月に行われる県予選を戦い、甲子園を目指す。

 ≪96%が「帰還困難区域」≫双葉町は、原発事故の影響で町の面積の96%が放射線量の高い「帰還困難区域」となっている。区域内への立ち入りには許可が必要で、自宅があっても宿泊は禁止。電気、ガス、上下水道といったライフラインも使用できない。事故以降、手つかずの状態が続いていたが、今年に入り中心部で、倒壊した建物の撤去作業などが始まった。

 町役場は震災以降、4回移転し、13年6月からは、福島県いわき市で業務を行っている。国は双葉、大熊両町にまたがる場所に「中間貯蔵施設」を整備し、汚染土などを長期にわたり保存する計画を立てている。

[ 2016年3月6日 10:35 ]

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