前略 高橋由伸様…「同期の誇り」も2つの立場から見届けます

[ 2016年1月17日 08:30 ]

巨人18代目監督に就任した高橋監督

 前略 巨人18代目監督、高橋由伸様

 18年の現役生活を終え、巨人の新指揮官になった高橋監督。初めて言葉を交わしたのは21年前でした。

 95年春の東京六大学野球新人戦。すでに主力として活躍していた慶大と早大戦でした。早大で大した選手でもなかった私はかろうじてベンチ入りし、試合に出ることもなく三塁ベースコーチを務めていた試合。せめて声だけでも戦力になろうと買って出たヤジ将軍として、守備の最中はベンチから、攻撃の際は三塁コーチャーズボックスから声を張り上げていました。どの回かは忘れましたが、攻守交代の時です。右翼からベンチへ戻るあなたとすれ違う時にこう言われました。「おまえ、うるせーよ」。売り言葉に買い言葉で私は「打ってから言え、ボケ」と返した。これがあなたと最初に交わした言葉でした。恥ずかしながら、あなたが後にリーグ戦通算23本塁打の東京六大学記録を樹立するほどの選手だったと知ったのは、それよりずっと後のこと。そして逆指名で巨人入りした98年、私はまだ5年目の大学生活を送っていました。

 再会は99年。入社後に見習い扱いで訪れた東京ドームでした。試合前の打撃練習を終えたあなたに名刺を差し出すと「まじかよ。勘弁してよ~」と笑ったのを覚えています。その後、通算6年間、巨人担当を務めましたが、単なる取材対象ではなくどこかであなたは「同期の誇り」という存在でした。

 私がメジャー担当2年目だった昨年。プレーオフ取材から帰って来た直後に、あなたは監督に就任しました。12月、早大野球部の同世代と集まった酒宴。やはり、あなたの話題になりました。「まだ、現役を見たかった」。皆が口をそろえました。私もその思いを強く持っているのが正直なところです。でも、新監督としてあなたはスタートを切った。そしてこれも何かの縁でしょう。1月1日から、私も3年ぶりに、そして通算7年目となる巨人担当に復帰。監督になったあなたに、巨人担当キャップとして初めてあいさつしたのは、メディアと球団との懇親会があった7日でした。

 「知った顔がいるとホッとするよね」。そう言ったあなたに、私は自分が決めたルールを伝えました。「取材として話を聞くときは“監督”と呼ぶ。記者としての立場じゃないつもりで話す時は“由伸”と呼ぶから」。担当記者として20年前のヤジのように、あなたに紙面から厳しい言葉も浴びせることでしょう。ただ、心の中ではいつまでも「同期の誇り」。あなたの監督1年目を、2つの立場から近くで見届けたいと思っています。

草々 春川英樹

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2016年1月17日のニュース