球児 涙のタテジマ「グラウンドでいつ倒れてもいい」

[ 2015年11月25日 05:30 ]

入団会見で涙を流す藤川

 4シーズンぶりに阪神に復帰が決まった藤川球児投手(35=前四国アイランドリーグplus高知)が24日、大阪市内のホテルで入団会見を開いた。涙を浮かべながら「グラウンドでいつ倒れてもいい覚悟」と男気を見せつつ「一番はパレードがしたい」と虎党に2005年以来、11年ぶりの優勝を誓った。2年総額4億円(推定)の契約で背番号は18。 

 テレビカメラ15台、報道陣120人が集まる注目の会見では、猛虎への愛が自然とあふれ出た。ヤクルトなど国内の複数球団から声を掛けられた中で古巣の阪神復帰を決断した藤川は「あれは人情」と否定したが、30秒ほど無言の後、涙で言葉を詰まらせながら覚悟を示した。

 「自分の人生で一番大きな輝きをもたらしてくれたのはタイガース。(入団が決まり)これから全身全霊を傾けグラウンドでいつ倒れてもいいような覚悟でやれるというのはうれしく思う」

 12年オフに海外フリーエージェント(FA)権を行使し大リーグに挑戦。今年5月にレンジャーズを自由契約となり、独立リーグの四国アイランドリーグplus高知でプレー。阪神復帰の大きな要因となったのは虎党の変わらない声援であり、思いだった。

 「本当に悩んだ。最後に動かしてくれたのはファンだった。人の心として裏切ってはいけないという気持ちが強かった」

 メジャーに移籍してもファンの熱いメッセージは海を越えて届けられた。高知入り後も、高知まで応援に駆け付けてくれた。街を歩いてもタクシーに乗っても「(阪神に)帰って来い!」と温かい言葉をもらった。

 一度は縦ジマを脱いだ身だけに複雑な思いもあった。それでも長渕剛の『逆流』を何度も聞いて前を向いた。歌詞の冒頭には♪僕がここを出て行くわけは誰もが僕の居場所を知ってたからあ…とある。新たな自分探しの旅に出て、右肘手術に自由契約…。苦しく、孤独な経験が、結果的には成長の糧となった。

 阪神ではレギュラーの確約もなければ起用法も決まっていない。それでも、戻ってきた以上、結果を出し、ファンに恩返しすることがプロとしての宿命。だからこそ、シンプルに優勝を最大目標にした。

 「一番の思いは(優勝)パレードがしたい。僕たちが喜ぶんじゃなくて関西のみなさんに喜んでほしいのが一番。その時は僕じゃなくて、みなさんに泣いてほしいんで」

 背番号はかつての「22」から「18」へ変わったが、藤川の心は何も変わっていなかった。既に、来季に向けトレーニングも開始している。05年以来となる歓喜のVパレード実現に向け、球児の新たな挑戦が始まる。(山本 浩之)

続きを表示

2015年11月25日のニュース