巨人・井端 2000本より“由伸愛” 引退で内野守備走塁コーチ就任か

[ 2015年10月25日 05:30 ]

引退会見で花束を手に目を潤ませる井端

 巨人の井端弘和内野手(40)が24日、都内の球団事務所で記者会見を開き、現役引退を発表した。通算2000安打にあと88本と迫っていたが、18年の現役生活に別れを告げた決め手は「由伸愛」だった。

 「2年前にジャイアンツに来て…」。引退を決意した瞬間を問われた井端の会話が止まった。「由伸って呼んでいいの?」。23日に監督就任が発表されたばかり。広報の確認をとってから、いつも通り名前で呼んだ。

 「由伸より先に辞めることはあっても、長くやることは絶対にないと思っていた。きのう(23日)彼が現役引退して電話を頂いて。辞めようと思いました」

 同じ1975年生まれ。初めて会ったのは堀越1年の時だ。桐蔭学園1年の高橋由が練習試合で特大本塁打を放った。「毎年試合をして、どんどん成長していく姿を見て。高校、大学、プロに入っても。同世代のスターでした」。13年限りで中日を退団したが、巨人入り後、2年間チームメートとしてプレーできた。

 慶大から逆指名で巨人入りした高橋由に対し、井端は亜大からドラフト5位入団。1メートル73、73キロと恵まれた体格ではなかったため「闘志を前面に出していかないとこの世界では戦っていけない」と気迫あふれるプレーで定位置をつかんだ。中日時代は荒木と二遊間を組み「アライバ」と呼ばれる鉄壁な守備力を発揮。ゴールデングラブ賞は6年連続を含む7度獲得した。

 2000安打への未練はない。「自分の決めたことを裏切ることはできなかった」と、高橋由とそろっての引退を選んだ。「彼のおかげでいい野球人生が送れた」。球団側は内野守備走塁コーチのポストを用意する可能性が高い。今度はコーチとして、監督・高橋由を支える。 (川手 達矢)

 ▼中日・谷繁監督 自分で決めたんならしょうがない。経緯は知らないが、自分で納得して決断したのであれば、次の仕事で頑張ってほしい。

 ▼中日・荒木 ずっと目標だった人だし、何とか追いついて追い越そうと思ってやってきた。寂しいです。

 ◆井端 弘和(いばた・ひろかず)1975年(昭50)5月12日、神奈川県生まれの40歳。堀越から亜大を経て、97年ドラフト5位で中日入団。01年にレギュラー定着を果たし、遊撃手としてベストナイン5度、ゴールデングラブ賞7度など堅い守備を武器に活躍。13年WBCではDH部門の優秀選手に輝いた。同年オフに中日を退団し、巨人に移籍した。1メートル73、73キロ。右投げ右打ち。

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