巨人 阿部V打で阪神戦1000勝目!プロ野球同一カード史上初の大台

[ 2015年4月5日 05:57 ]

<巨・神>阪神戦通算1000勝を飾り、1000勝ポーズを決める(左から)片岡、ポレダ、阿部

セ・リーグ 巨人9-5阪神

(4月4日 東京D)
 巨人は4日、阪神戦に9―5で勝ってこのカード今季初勝利を挙げ、阪神戦通算1000勝を達成した。対戦成績は巨人の1000勝778敗67分け。カード別の対戦成績で1000勝の大台に乗ったのはプロ野球で初めて。3日から捕手でスタメン出場する阿部慎之助内野手(36)が、同点の6回に決勝打を放った。4番のバットが連敗を4で止め、チームを最下位から脱出させた。

 最後まで阿部の独壇場だった。ポレダ、片岡に続いて上がったお立ち台。最後にもう一度、助っ人左腕を呼び寄せた。

 「僕に代わって言いたいことがあるみたいなので」とマイクを譲る。そして飛び出した阿部の決めぜりふ「サイコーデス!」。直前のベンチで仕込んでいたファンサービスで、まさに最高の盛り上がりをもたらした。

 試合を制したのも阿部だ。同点とされた直後の6回1死一、三塁。2―2から外角125キロスライダーは「待っていた球ではなかった」が右手一本で「うまく食らいつけた」と右前に運んだ。勝ち越し打で勢いを生み、開幕からの貧打を忘れさせる一挙6得点のビッグイニングにつなげた。

 相川が負傷した2日の中日戦(ナゴヤドーム)後。チームの危機的状況に阿部が直訴し、前日からマスクをかぶる。用具一式はキャンプから帰京後、有事に備えて本拠地に保管していた新品。ポレダのボールを受けたのは試合前のブルペンが初めてだった。それでも01年から巨人の扇の要を張る経験値でカバー。「変化球の軌道も分からなかったけど、なんとかなった。キャンプで練習しなくてもこれだけできるのかと思った」と来日初勝利をお膳立てした。

 チームのムードを変えるような快勝は、阪神戦通算1000勝という節目でもあった。「OBの方々が積み重ねてきたもの。こういう試合で打てて、凄く光栄に思います」。幼少期の憧れはミスター・タイガースと呼ばれた掛布雅之氏。小2の時に右目の視力だけが突発的に落ち、父・東司さんの勧めで左打ちに転向した。その父と掛布氏は習志野の同級生。阿部は左打ち転向を「掛布さんの影響は間違いない」と振り返る。後に視力は戻ったが憧れの背中を追い、左打ちを貫いた。プロ初出場も1年目の01年3月30日、開幕・阪神戦(東京ドーム)。伝統の一戦には「思い入れがある」と感慨にふけった。

 捕手再始動の一夜明けは「体が(張りで)悲鳴を上げていた」というが、試合になれば今季初の猛打賞だ。2試合で5安打1打点。慣れ親しんだ働き場に戻り、ハツラツとしているように見えるという問いには「疲れで逆に力が抜けていいのかな」と冗談で返した。

 4連敗で止め、最下位も脱出。「ズルズルといきそうでいかないのがジャイアンツというのを見せつけられた。まだまだ先は長いし、一つずつ勝っていきたい」。頼れる阿部が戻ってきた。

 ≪阿部VS阪神アラカルト≫

 ☆満点デビュー 01年3月30日の開幕戦(東京ドーム)に「8番・捕手」で出場。2回1死二、三塁での初打席でプロ初安打となる右中間二塁打=写真(左)(上)。計4打点は開幕戦新人最多記録だった。

 ☆サヨナラ打 05年8月13日(東京ドーム)。3―3の延長12回無死満塁で、久保田から右前にサヨナラ打。お立ち台では「最高です!」とお得意のフレーズも。阪神戦では唯一のサヨナラ打。

 ☆1000試合 09年5月4日(甲子園)、プロ野球430人目の通算1000試合出場。しかし阿部は無安打で、試合も0―6で完敗。対阪神戦の連勝も11でストップした。

 ☆一塁&捕手 09年8月15日の対戦(東京ドーム)で自身4年ぶりに一塁でスタメン出場。打っては16号ソロ。最終回には捕手でもプレーした。

 ☆原超え 14年7月13日(東京ドーム)の第3打席で右前打。球団では原監督の1675安打を抜く歴代7位(当時)1676安打。

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