【14年物故者追悼】早すぎる52歳…ドカベン香川氏の笑顔忘れない

[ 2014年12月30日 05:30 ]

豪快なスイングでファンを魅了した香川氏

 ソフトバンクの3年ぶりの日本一で幕を下ろした14年のシーズン。大きな盛り上がりを見せた一方で、今年も球界を支えてきた関係者の訃報が多く飛び込んできた。5月に巨人・原辰徳監督(56)の父で、東海大相模などで監督を務めた原貢氏(享年78)が死去。9月には「ドカベン」の愛称で親しまれた元南海・ダイエーの香川伸行氏(享年52)が若くして天国に旅立った。

 その巨体は、漫画の世界から飛び出してきたかのようだった。現役最後のシーズンとなった89年、香川氏のサイズは1メートル70、120キロ。横幅のある体形と強打から、野球漫画「ドカベン」の主人公・山田太郎をほうふつさせ、それがそのままニックネームとなった。52歳。作者の漫画家・水島新司氏は「あの笑顔が忘れられません」と早すぎる死を悼んだ。

 浪商(現大体大浪商)では牛島和彦氏(スポニチ本紙評論家)とバッテリーを組み、甲子園に3度出場。3年時の79年夏の大会では、3試合連続本塁打の離れ業を演じた。「彼の大きな背中を見ながら、追いつき追い越せでやっていた」。そう振り返った牛島氏は「まだ早いやろ。もうボールを受けてもらえへんのやな。寂しい」と故人をしのんだ。

 79年ドラフト2位で南海に入団。80年7月8日の近鉄戦で、日生球場の左翼場外へ初打席初本塁打を放った。10年間の通算成績は714試合で打率・255、78本塁打、270打点。数字以上に、そのキャラクターは多くのファンに愛された。

 引退後は、病魔との闘いでもあった。01年に急性腎不全を発症。08年4月からは人工透析を受けて完治を目指していた。最後は腎臓だけでなく心臓の病気も患っていたという。香川氏が福岡市内の自宅で倒れたのは、巨人がセ・リーグ3連覇を決めた9月26日。死因は心筋梗塞だった。

 記録にも、記憶にも残ったスラッガー。「ドカベン香川」の豪快なスイングを、ファンはいつまでも忘れない。

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