ムネリン “バントの師”張本氏と対談「米国に骨埋めるなんて…」

[ 2014年11月8日 10:00 ]

日本と米国の野球について熱く語り合った川崎(左)と張本氏

 8年ぶりに復活する日米野球が12日に京セラドームで開幕する。スポニチ本紙に特別寄稿するブルージェイズからFAとなった川崎宗則内野手(33)と、スポニチ本紙評論家の張本勲氏(74)が都内で対談。同じ左打ちで、幾多の安打を量産してきたヒットマン同士。川崎は、日米にわたる活躍の陰に張本氏の指導があったと告白し、張本氏は川崎の来季の日本球界復帰を熱望した。

 張本 いやぁ、久しぶりだね。いつも活躍はテレビで見させてもらっているよ。

 川崎 張本さんには03年のキャンプでセーフティーバントを教えていただいたことを今でも覚えています。

 張本 今は送りバントでも構えから下手な選手が多くなったよな。

 川崎 王監督に“彼は凄く上手だったから、ぜひ聞きなさい”と言われ、左足を出すタイミングなど、丁寧に20分くらい教わりました。左足を出すのを我慢して、投手の正面を向かないように、と。張本さんといえば「豪打」のイメージでしたが、あれでセーフティーバントの確率がぐっと上がった。僕のヒットの何本も、張本さんのおかげで打てたようなものです。

 張本 右足をちょっと上げると、警戒して野手は前に来られない。右の足を上げて、落として、右の足を軸にして、最後は左の足から投手の方に出ないと。外角には届かんし、右が先にいっちゃうと一歩遅れるんだよ。

 川崎 僕のプレーの中でもかなり大事にしている部分です。王監督にもいつも聞くんですが、先輩方の技術を聞くのは凄く面白い。理にかなった方法だし、温故知新。それを今の環境に合わせて。

 張本 アメリカの投手は守備があまり良くないからな。いい武器になるよ。ただ結論を言えば、日本に早く帰ってきてもらいたいわな。今、帰らないともったいない。いい時に帰ってきてほしい。

 川崎 親父からも張本さんと同じことを言われました。3年も(米国で)やるとは思っていなかった。来年どうなるか分からないですけど、野球はしたいです。

 張本 子供もできたし、日本の良さを教えないとな。家族も、本人も、大変なことが多いだろう?

 川崎 僕は通訳がいないので、ミーティングが大変でした。後からコーチに聞き、絵で描いてもらって。間違いも多かった。次の日に全員がスーツを着ている中、一人私服で行ったり…。守備も苦労しました。1年目は毎日、内野の全ポジションで特守。捕手もやりました。

 張本 日本ではやったことあったんか?

 川崎 ないです。監督がやれと言うから、いいよと。得意だからと。ウソですけどね。でないと、すぐマイナーに行けと言われるから。ヘルナンデスの球とか受けて、もう指が痛いんですよ。100マイル(約161キロ)近いのに信じられない、あの球の動きが。まだ岩隈の方が簡単に捕れるんですけどね。

 張本 チームメートともよく話すの?

 川崎 こっちはスペイン語、あっちは英語、僕は日本語で飲んでます。3人とも通じないんだけど、でもなんだか分かる。野球の話も教えてくれるんですよ。打撃も守備も、おまえこうなっているぞ、こうしてみろとか。普段の野球場では教えてくれないんです。飲みに行って、2時間後くらいに教えてくれるんです。

 張本 アルコールが入ると本音が出るからな。男のいいところだよ。

 川崎 練習を見ていても凄いところだらけですけどね。よく研究していますよ。あんな大きな体を小さくかがめて、投手の動画とかカチカチ機械を押して見ているんです。

 張本 そういう点では向こうの選手の方が生活のために必死かもな。30%くらいか、ヒスパニック系の選手は?

 川崎 ブルージェイズは半分くらいが中南米の国から来て、家族、親戚、親戚の友達くらいまで養っている感じです。

 張本 満足したらスポーツ選手は下降線に入る。イチローが偉いのは、あれだけいっても、まだ数字を追いかけていく。後輩だけど、ああいう点では尊敬するよ。川崎君もイチローが好きで向こうに渡って、プレーした。これはこれでね、良かったと思う。“あっぱれ”ですよ。でもいつかはまた日本でプレーしたい気持ちもあるんだろう?

 川崎 もちろん、日本に帰ることも頭に入れて。それは1年目からです。メジャーなんて興味ないんですから。イチローさんとプレーするために行ったんですから。行ったらとんでもなくて。1カ月でクビになると思ったし。そうはいっても、3年たって。友人も増えて、日本では聞けない話を聞けるのは楽しいし勉強になります。アメリカに骨を埋めるとかは全く思っていない。今は分からないけど、ただ野球だけは思い切りしたいです。

 ◆張本 勲(はりもと・いさお)1940年(昭15)6月19日、広島県生まれの74歳。浪華商から59年に東映入団。76年に巨人へ、80年にロッテへ移籍し、81年限りで現役引退した。90年野球殿堂入り。プロ通算23年間で2752試合に出場、打率.319、504本塁打、1676打点、319盗塁。プロ野球歴代最多3085安打を放ち、首位打者7度。1メートル81、85キロ。左投げ左打ち。

 ◆川崎 宗則(かわさき・むねのり)1981年(昭56)6月3日、鹿児島県生まれの33歳。鹿児島工から99年ドラフト4位でダイエー入団。04年に最多安打と盗塁王を獲得。11年オフに海外FA権を行使して、マリナーズに移籍。13、14年はブルージェイズとマイナー契約を結び、いずれもメジャー昇格を果たした。1メートル80、79キロ。右投げ左打ち。

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