元早大監督・相田氏が特別表彰 「最後の早慶戦」開催に奔走

[ 2014年1月18日 05:30 ]

殿堂入りした相田暢一氏

野球殿堂特別表彰

 特別表彰は元早大監督の故相田暢一氏(享年90)が受賞した。太平洋戦争の動乱の中で学生野球の存続を願い、戦後の発展につなげた故人。早大野球部マネジャーだった1943年に出陣学徒壮行のためのいわゆる「最後の早慶戦」の開催に奔走した。

 長男・暢正(のぶまさ)氏(61)は「父がいたら、戦地で出会った方の思い、戦後の復興に尽くされた方の願いに気持ちを寄せていただろうと思う。さっそく墓前に報告したい」としのんだ。

 早大の後輩、本村政治氏によると、野球のできなかった戦時中、相田氏は早大マネジャーとしてバットやボールを買い集め、相田氏の出征の後には300ダースのボールと300本のバットが残されていたという。家庭では厳格だったという亡き父を、暢正氏は「残ったものの使命とか責任というものは、ずっと感じていたのだと思う」としみじみ語った。

 ◆相田 暢一氏(あいだ・ちょういち)終戦から間もない1945年(昭20)10月にはオール早慶戦を実現させるなど、学生野球の復活に貢献した。46年春から47年春まで早大監督。49年からは高校、大学の試合で審判員を務め、日本学生野球協会、全日本大学野球連盟で数々の要職を歴任した。2012年4月に老衰のため90歳で死去。北海道出身。

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2014年1月18日のニュース