【野球のツボ】55本塁打を聖域にしてはならない

[ 2013年9月5日 18:25 ]

四球となり、一塁へ向かうヤクルト・バレンティン

 プロ野球はペナントレースの行方とともに、記録の更新がなるかどうかに注目が集まっている。ヤクルトのバレンティン選手の「55本超え」への挑戦だ。5日の時点で、残り27試合で、バレンティンは52本塁打。これまでのペースなら、日本記録55本の更新は確実だ。

 王さんが記録した55本塁打を巡っては、過去に様々なドラマが展開された。

 85年には阪神のバースが残り1試合で54本塁打としながら、最後の巨人戦で勝負を避けられ、並ぶことが出来ずに終わった。01年には近鉄のローズ、翌02年には西武のカブレラが55本をマークしたが、ともに残り5試合は不発に終わっている。いずれも王さんが監督を務めていたダイエー(当時)との対戦でまともに勝負してもらえなかったことが、物議をかもした。

 「日本の野球界には王さんの55本は破ってはいけない不滅の記録とする暗黙の了解がある」という指摘を聞いたことがあるが、プロ野球に身を置いた者として、そういう共通認識はないと私は言い切れる。その当時は王さんもまだ、巨人、ダイエーの監督としてユニホームを着ている時代で、選手たちは「打たせたくない」と思った部分もあるだろうが、今回は王さんもユニホームを卒業し、巨人・原監督も「逃げずに勝負する」と宣言しているのだから、障害はないと信じている。

 これだけ試合を残しているのだから、55本を超えない方が不自然だ。王さん自身も、個人の記録より、球界全体の発展を常に考えている野球人。記録が破られたときには、きっとバレンティンの挑戦を祝福するコメントを出すはずだし、そのときが来るのを楽しみにしている。

 一番の問題は本人が感じるプレッシャーだろう。前回の巨人戦も含め、記録が注目されてから、打撃に明らかに硬さが見られる。思い通りのスイング、ミートが出来なくなっていると感じる。外国人選手でも硬くなるというのが、「世界の王」の存在感なのかもしれない。ポイントはバレンティンがいかに打席での集中力を持続できるかどうか。CSを争う広島や中日は簡単には勝負してこないことも予想されるが、当たり損ねでもスタンドに持っていくのがバレンティン。どんな結末を見せるのか。壁を破り、新しい世界を切り開く一打に期待したい。(前WBC日本代表コーチ)

 ◆高代 延博(たかしろ・のぶひろ)1954年5月27日生まれ、58歳。奈良県出身。智弁学園-法大-東芝-日本ハム-広島。引退後は広島、日本ハム、ロッテ、中日、韓国ハンファ、オリックスでコーチ。WBCでは09年、13年と2大会連続でコーチを務めた。

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