ロッテの角Jr. 5年目の開眼 連日快音&ハッスル守備

[ 2013年2月12日 06:00 ]

開幕一軍入りを狙うロッテ・角。父親は巨人などで活躍した角盈男氏だ

 1メートル68の小兵の存在感が、ロッテで日に日に大きくなっていく。巨人などで救援左腕として活躍した角盈男(みつお)氏(56)の次男・晃多がシート打撃で連日の安打を放った。

 「フリー打撃やノックの一球一球も全力でやっている。(父からは)打席でボールを見送るときは、最後まで目を切らない方が投手は嫌がる、と言われています」

 シート打撃の第1打席。南が外角に投じた初球の直球を左前に運ぶと、守備でも一塁線のファウルボールに果敢にダイビング。惜しくもグラブからこぼれたが、攻守でのガッツあふれるプレーにスタンドから喝采が起きた。シート打撃は2日間で4打数2安打。現役時代に盈男氏との対戦経験(9打数7安打)もある伊東監督も「他の選手にはないファイトが伝わってくる。代打で使っても結果を出してくれるはず。紅白戦やオープン戦でもどんどんチャンスを与えるつもり」と褒めちぎった。

 小兵でも、打撃センスとパンチ力はピカイチだ。東海大相模3年の夏には4番を打ち、3番が巨人にドラフト1位で入団した大田だった。高校通算36本塁打。昨年7月に念願の支配下登録された。昨秋キャンプで「角さんの息子とは知らなかった。体は小さいが、打撃がいいし面白い」と伊東監督の目に留まり、5年目で初の1軍キャンプ帯同を勝ち取った。

 チームにはいいお手本もいる。育成出身の岡田が中堅手に定着。「自分もそうなれれば」と、同じ境遇の先輩の背中を追い掛けている。二塁、遊撃とこなせる。二塁を守る井口は今季が39歳シーズン。遊撃の根元は守備に難がある。レギュラー争いに割って入る余地もあるだけに「井口さんは凄い選手だけど、ポジションを奪うぐらいの気持ちでやる」と言い切る。

 2世というだけでは生き残れない世界であることは承知している。16、17日は紅白戦。「このチャンスを絶対に逃さない。気迫を出してチームにいい雰囲気をつくれる選手になりたい」。体は小さくても夢は大きい。

 ◆角 晃多(すみ・こうた)1991年(平3)1月13日、神奈川県生まれの22歳。甲子園出場経験はないが、東海大相模では4番打者として活躍し通算36本塁打。08年10月にロッテの入団テストで最終選考まで残り、同年育成ドラフトでロッテから3位に指名された。11年にはイースタンリーグで育成選手では史上初となる月間MVP(3、4月度)を獲得。1メートル68、74キロ。右投げ左打ち。

 【球界の主な父子鷹】

 ☆長嶋父子 父・茂雄は58年に巨人入団。主軸としてV9時代を支え、「ミスター」の愛称で親しまれた。監督としては、通算15年で2度の日本一。長男・一茂は88年にヤクルト入団。93年に巨人に移籍し、4年間、父の下でプレー。

 ☆野村父子 父・克也は54年に南海入団。65年に戦後初の3冠王。監督としてはヤクルトを3度の日本一に導き、歴代5位の通算1565勝。三男・克則は父が監督就任時の96年にヤクルト入団。04年に巨人に移籍し、現在は2軍バッテリーコーチ。

 ☆堂上父子 父・照は70年ドラフト6位で中日入団。主に中継ぎとして活躍し、85年に現役引退。長男・剛裕、次男・直倫はともに愛工大名電から中日に入団。09年3月1日の日本ハムとのオープン戦(名護)で、兄弟アベック弾が実現した。

 ☆黒田父子 父・一博は49年に南海入団。外野手として南海の黄金期を支え、高橋―大映を経て、56年に現役引退。次男・博樹は97年に広島入りし、エースとして君臨。05年には最多勝を獲得した。07年オフにドジャースにFA移籍。現在はヤンキースに所属。

続きを表示

この記事のフォト

2013年2月12日のニュース