「“稲葉の2番”をつくって」…栗山采配に開幕戦初打席で手応え

[ 2013年1月8日 12:00 ]

日本ハム・稲葉は12年の開幕戦初打席、西武・涌井(手前)から二塁打を放ち自信をつけた

野球人 日本ハム・稲葉篤紀(上)

 年明け2日。日本ハム・稲葉は早速、120キロの球を打ち込んだ。イチロー(ヤンキース)も中学生時代に利用していた故郷の愛知・豊山町にある「空港バッティングセンター」。プロ入り以来、初打ちはここと決めている。昨年8月に40歳を迎えた。だが、不惑を迎えてもスイングの力強さは衰えを知らない。

 「この年で野球をやれるのは幸せなこと。ボロボロになってもいい。ダメなら引退ぐらいの覚悟。そういうこともあると覚悟しながら去年も1年間やってきましたしね」

 2000安打達成、そしてリーグ優勝。稲葉にとって記録にも記憶にも残った2012年シーズンのカギは3月30日、西武との開幕戦(札幌ドーム)だった。就任1年目の栗山監督が、キャンプ時から「誰を2番に置くかがポイント。一番いい打者を2番に置きたい」と言い続けてきた「2番・一塁」で起用された。

 「僕も2番は重要だと思っていた。そしたら僕なの?って。プレッシャーもあったけど、うれしかったですね」

 オープン戦最後の2戦は2番に座って無安打だった。18年目のベテランにとっての2番像はバント、エンドラン…小細工が何でもできる器用な打者。不安な気持ちばかりが頭を占めていた開幕前の本拠地練習中、グラウンドで指揮官に呼び止められた。「“稲葉の2番”をつくってくれればいいから。変な小細工はいらないよ。思い切ってやればいい」。その言葉で視界が開けた。

 西武の開幕投手はエース涌井。初回、先頭の田中が四球で出塁した。先制点が欲しい場面。西武内野陣はバントを警戒して前に出てきた。稲葉もバントのサインを想定して打席に入ったが、ベンチに動きはない。「よしって感じでした」。2ボールからの3球目を中越え二塁打して流れを一気に引き寄せた。直後に糸井に右前適時打が飛び出すなど3点を先制した。

 「あれが全て。キーマンと言われて、あそこでつなぐことができた。しかも涌井君から。あれで今年はいけるという雰囲気をチームに生むことができた。僕自身もあれで完全に生きましたね」

 稲葉はこの試合、適時打を含む3安打で勝利に貢献。走者がいた4打席全てでバントのサインは一度も出なかった。

 「あれが栗山監督の采配の凄さ。僕だって想像していなかったんだから」。稲葉にしかできない2番。指揮官の期待に結果で応えた。ベテランが先頭に立って、チームは開幕を最高の形で滑りだした。

 ◆稲葉 篤紀(いなば・あつのり)1972年(昭47)8月3日、愛知県生まれの40歳。中京(現中京大中京)―法大を経て、94年ドラフト3位でヤクルト入団。04年オフにFA権を行使し日本ハム移籍。07年首位打者、最多安打。01、06~09年ベストナイン、06~09、12年ゴールデングラブ賞。08年北京五輪、09年WBC日本代表。1メートル85、94キロ。左投げ左打ち。

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2013年1月8日のニュース