JX-ENEOS 10度目V!山岡爆発4打点

[ 2012年7月25日 06:00 ]

<JX-ENEOS・JR東日本>優勝し大久保秀昭監督(中央)を胴上げするJX-ENEOSナイン

第83回都市対抗野球決勝 JX-ENEOS6-3JR東日本

(7月24日 東京D)
 JX―ENEOS(横浜市)が4年ぶり10度目の優勝を飾った。序盤はJR東日本(東京都)に先行されたが、6回に山岡剛捕手(28)の左越え3ランなどで4点を奪い逆転。4回以降は中継ぎ陣が踏ん張り逃げ切った。橋戸賞は5試合中、4試合に登板し2勝を挙げた大城基志投手(24)が獲得。JR東日本は61、62年の日本石油以来、50年ぶりの連覇を逃した。

 陰の主役が、思い切り光を浴びた。2―3の6回2死一、二塁で、山岡の打球が左翼席に消える。逆転3ラン。「全然信じられなくて…」。二塁塁上で何度も塁審にスタンドインを確かめ、ようやく本塁に戻ってきた。

 「どこに飛んだのかは見ていなかった。まさか打てるとは。野球の神様っているんだな、と思った」。準決勝までの4試合でわずか1安打。打率は・071だった。それが「相手の球が速いので、こぶし半分ほどバットを短く持った」。決勝で試合を決める会心の一打。本人ばかりか、大久保秀昭監督でさえ「打つ方はさっぱりだったのに」と驚きを隠さなかった。

 タイプの違う5投手を巧みなリードで引っ張ってきた。それでも近鉄で捕手としてプレーした指揮官から、褒められたことは、ほとんどない。「厳しいことはいっぱい言われてきました。でも僕にとっては師匠ですから」。試合前には相手のビデオを夜遅くまで見続け、リードを磨き続けてきた。そんな努力が実った。

 「あいつは僕の分身。グラウンドではおまえが監督のつもりでやれ、と言っています」。日頃は厳しく接する大久保監督も、試合では愛弟子に何も言わない。これまで「俺と同じように現役で2度優勝したら認めてやる」と言い続けてきたが、田沢(現レッドソックス)を擁した08年に続きチームを優勝に導いた山岡に、指揮官は「きょうの一打で僕を抜きましたよ」とうれしそうに話した。

 前人未到の10度目V。左袖に付いている星のマークの数は、ついに2桁になる。JX―ENEOSでは30歳前後までプレーして、残りの30年を社業に励むのが伝統。山岡は今年29歳を迎える。「監督は辞めさせようとするかもしれませんが、僕も(若手に)席を譲るほど優しくないですから」。指揮官と正捕手の二人三脚の戦いはまだ続きそうだ。

 ◆山岡 剛(やまおか・ごう)1983年(昭58)9月9日、神奈川県生まれの28歳。日大高では甲子園出場なし。早大では3年から正捕手、4年時に副主将で春季リーグ戦優勝、大学選手権8強。06年に新日本石油ENEOS(現JX―ENEOS)入り。08年に社会人ベストナイン、10年スポニチ大会で敢闘賞。1メートル76、83キロ。右投げ右打ち。

 ▼JX―ENEOS 社名はJX日鉱日石エネルギー株式会社。1888年(明21)5月10日設立。社員数は1万3239人(12年3月1日現在)。資本金は1394億円。硬式野球部は日石CALTEXとして1950年(昭25)創部。都市対抗は2年連続46度目の出場。主なOBは元巨人の藤田元司氏(故人)、田沢純一(レッドソックス)ら。本社は東京都千代田区大手町2の6の3。一色誠一社長。

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