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通算2314安打「ミスターオリオンズ」榎本喜八氏死去

「ミスターオリオンズ」と呼ばれた榎本喜八氏

 ロッテなどで活躍し、2度の首位打者に輝いた榎本喜八(えのもと・きはち)氏が14日午前2時4分、大腸がんのため、東京都新宿区の病院で死去したことが29日、分かった。75歳だった。通夜、告別式は近親者で既に済ませた。卓越した打撃理論で、ロッテの中心選手として通算2314安打を放った名選手だった。「ミスターオリオンズ」と呼ばれた昭和の名プレーヤーがまた一人、世を去った。

 伸子夫人(79)によれば、榎本氏は昨年11月下旬に気分が悪くなり、救急車で病院に。診断は虫垂炎だったが、手術で大腸がんと判明した。2カ月間の入院ではリハビリ中に転んで大腿骨を骨折もした。「一度家に帰りたい」と1月下旬から自宅療養していたが、喉にタンが詰まって再入院。腸閉塞も併発し「僕は五臓六腑(ろっぷ)にがんがあるから」と冗談を口にすることもあった。

 榎本氏は、早実時代に甲子園に3度出場。55年に毎日にテスト入団すると、強打の一塁手として高卒1年目からレギュラーに定着。新人ながら球宴にファン投票で選出され、打率・298で新人王に輝く鮮烈なデビューを飾った。同じ一塁手で同年に入れ替わるように現役を退いた故西本幸雄氏は生前「榎本喜八の印象は強烈だった。打撃に天性のものがあった」と振り返っている。

 打撃は王貞治に一本足を伝授したことで知られる早実の先輩の荒川博氏の下で培った。フルスイングが持ち味で、強振しても軸がブレない美しいフォームで安打を量産。求道者的な一面もあり、武道を取り入れたトレーニングを行った。ルーキーイヤーから15年連続100安打をマークし、2度の首位打者にも輝いた。野村克也氏が「あんな恐ろしい打者には後にも先にもお目にかかったことはない」と証言するほど磨き抜かれた打撃技術を誇った。

 60年には山内一弘、田宮謙次郎らとともに「ミサイル打線」の中核として活躍。就任1年目の西本幸雄監督の下、リーグ優勝を果たした。68年7月21日には史上最年少で通算2000安打を達成。31歳7カ月という若さで金字塔を打ち立てた。18年間のプロ野球人生で通算2314本の安打を積み重ねた。

 現役晩年には、ベンチで座禅を組むなど風変わりな行動で話題となった。引退後は少年野球の指導を行うなど、指導者として球界復帰を目指していた。だが、再びユニホームに袖を通す機会はなく、球界と距離を置き、ロッテのOB会などにも顔を出さなかったという。表舞台に現れることなく、天才打者は静かに世を去った。

 ◆榎本 喜八(えのもと・きはち)1936年(昭11)12月5日、東京都生まれ。早実から55年、毎日(現ロッテ)にテスト入団。1年目から打率.298で新人王、60年、66年に首位打者、60~62年、66年に最多安打を獲得。ベストナインを9度受賞した。72年、西鉄に移籍して同年限りで現役引退。通算成績は2222試合で打率.298、246本塁打、979打点。

[ 2012年3月30日 06:00 ]

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