岩瀬仁紀手記 落合監督に日本一で恩返しを

[ 2011年10月19日 14:30 ]

<横・中>落合監督に声をかけられる岩瀬

中日2年連続9度目優勝

 やりました。連覇です。この瞬間だけホッとする。きょうは登板機会がなかったけど、優勝という現実があるわけだし、1年間やってきたことがきょう1日でどうこうなるわけではないですから。チームでやっているから本当にうれしいです。

 今季限りで退任される落合監督が「抑え・岩瀬」をつくってくれました。最初に中継ぎから抑えへの転向を告げられたのは、04年春季キャンプのブルペン。ただ開幕直前に左足中指を骨折したので、就任1年目の落合監督に一番最初に一番の苦労をかけてしまって…。

 その年は開幕から2カ月は不振(登板19試合、1勝3敗5セーブ、防御率5・48)で、あの当時は僕自身もいろいろ言われたし、監督も叩かれたと思います。入団してからの5年間は何だったのかなというぐらいのバッシングを受けましたから。味方であるはずのファンにもヤジられて、積み上げてきたものが一瞬にして崩れた。正直、上(1軍)にいるのがキツかった。だけど、監督は「絶対に落とさない」と言ってくれたので、逆に乗り切らないといけないと。逃げるのは簡単で向かっていくのは難しいですが、それをしないことにはプロではやっていけない。絶対に選手の悪口を言わない監督でしたから、ある意味物凄い責任感が生まれる。一人前に見てくれているので、その分きっちりした結果で応えないといけませんでした。当時の状況が僕の精神的強さを生み出してくれたと思っています。

 ナゴヤドームで開催された今年の球宴第1戦で先発をさせてもらいましたが、それも春季キャンプで言われました。「おまえ、先発だぞ」って。最初、僕自身はオープン戦のことだと思っていたんですけど、「オールスターだ。決めるのは俺なんだ」って。だから、余計に、前半戦で結果を残したいというのがあったんですよ。今だから話せることですが…。

 今年はいい体調でやらせてもらっています。一昨年は右半身が原因不明のしびれに襲われ、昨年終盤も、その症状が表れかけていました。終盤になってガタがないわけじゃないんですが、今年は去年や一昨年みたいに投げるのが苦しい状況ではない。実際に症状が出かかった時もあったんですけど、そこまでひどくならずに治まってくれた。「ありがとう」という感じです。

 僕自身、日本一にまだ1回しかなっていないし、それもCSからの日本一。何とかリーグ優勝しての日本一になりたい気持ちはずっと持ってきたし、今年こそやりたい。監督にとっても、それが一番いい形になると思っています。(中日ドラゴンズ投手)

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2011年10月19日のニュース