山崎怒りの退団 起用法巡り首脳陣と感情のもつれが発端

[ 2011年10月10日 06:00 ]

試合後の退団会見で、仙台のファンへのメッセージを求められこらえきれず涙を流す山崎

パ・リーグ 楽天4-3ロッテ

(10月9日 Kスタ宮城)
 楽天は9日、山崎武司内野手(42)の今季限りでの退団を発表した。05年の球団創設からチームを引っ張ってきた主砲だが突然の退団の背景には、球団首脳陣との衝突があった。山崎はコーチ就任の要請を断り、来季以降の現役続行を希望。自由契約となり、今後は他球団でプレーする道を探す。10日のロッテ戦(Kスタ宮城)は楽天の選手として最後の一戦となる予定。仙台のファンへ、7年間の感謝の思いを込めてプレーする。

 チームが勝利したロッテ戦の直後。球団側から「山崎会見」がアナウンスされた。Kスタ宮城内で行われた、突然の退団会見。笑顔で話していた山崎は、途中で言葉を詰まらせた。仙台のファンへメッセージを求められると10秒間ほど沈黙。涙をこらえきれなかった。

 「いい夢を見させてもらいました。間違いなく僕の野球人生の中で仙台に来てよかったと思う。まだまだ、このユニホームでやりたかったけど…。残念です」

 寂しさと、悔しさと。現役続行にこだわった末の苦渋の決断だった。シーズン5試合を残しての退団。決断の裏には、首脳陣との感情のもつれがあった。山崎自身が会見で

 「事の発端は京セラドーム。コーチとの衝突もありましたし…」

 と明かしたように、起用法をめぐって不信感を抱いたのは事実だった。1日のオリックス戦で2試合連続の先発落ち。その際に首脳陣から何の説明もなかったことで、コーチに食ってかかったという。翌2日に星野監督と直接話し合ったが溝は埋まらず、その後も出場機会はなかった。

 ◆山崎 武司(やまさき・たけし)1968年(昭43)11月7日、愛知県出身の42歳。愛工大名電では甲子園出場なし。86年ドラフト2位で中日入団。96年に39本塁打でタイトル獲得。02年オフにオリックスへトレードで移籍。04年オフに戦力外通告を受け、楽天入り。07年に43本塁打、108打点で2冠王に輝く。現役25年間で通算2107試合に出場し打率.258、402本塁打、1185打点。1メートル82、100キロ。右投げ右打ち。

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2011年10月10日のニュース