「野武士軍団」語り継ごう 西鉄ファンがNPO法人設立へ

[ 2011年1月15日 10:19 ]

西鉄ライオンズのユニホームを手に取るNPO設立代表者の内山純男さん=2010年12月

 福岡市を本拠地に、1956年から日本シリーズで3連覇したプロ野球の西鉄ライオンズが、売却されて来年で40年。ファンの有志が選手の遺品や写真を収集し「野武士軍団」と呼ばれたチームを語り伝えていこうと、近く同市でNPO法人「西鉄ライオンズ研究会」を立ち上げる。

 「当時子供も大人も話題の中心は野球だった。小学校のテレビで58年に、初めて見た日本シリーズ。稲尾(和久)さんが放ったサヨナラホームランが忘れられない」。福岡県久留米市の内山純男さん(63)は熱く語る。

 西鉄は、魔術師・三原脩監督が指揮し、鉄腕・稲尾投手や「青バット」の大下弘外野手(いずれも故人)らの活躍で全盛期を迎えたが、69年に選手が八百長に関わったとされる「黒い霧事件」が発覚し弱体化。72年に経営母体が変わり、78年には西武ライオンズとなって埼玉県に本拠が移った。

 NPO法人の母体は、福岡への新球団誘致や「ライオンズ」の名称返還を求めて79年に設立したファンクラブだ。

 最近、ファンが手放したとみられるサイン色紙やスポーツ新聞記事などが、骨董品店で売られているのを見掛けた。ファンクラブの役員も相次いで亡くなった。寂しく思った内山さんは設立代表者となって15人で昨年10月、福岡市に法人設立を申請した。

 収集したゆかりのグッズの展示会や、本拠地・平和台球場跡などを巡るツアーの開催も検討。九州の炭鉱景気や高度経済成長といった時代背景とともに、チームの活躍を語り継いでいく。

 稲尾投手が約40年暮らした福岡市の自宅は、昨年4月に売却された。親族が遺品の多くを引き取ったが、長女の庄野多香子さん(49)=東京都杉並区=は、現役時代のパネル写真やゴルフの賞状など残った品々「トラック1台分」をNPO法人に寄付する考えだ。

 庄野さんは「西鉄は高度経済成長の勢いに乗ったチーム。閉塞感が広がる現代と逆だからこそ魅力的に映るのでしょう。皆さんの心にとどめてもらえるのはありがたい」と話している。

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2011年1月15日のニュース